大国主の誕生

オオクニヌシにはたくさんの兄弟、八十(やそ)神がいました。どうやらオオクニヌシは、末っ子のようです。
八十神たちは、1つの話題で盛り上がってました。
誰が因幡(鳥取県)の八上姫(ヤガミヒメ)を嫁にするか?
そこで全員でヤガミヒメにプロポーズすることになり、因幡の国へ旅することになりました。

「全員で行くとなると荷物が大変だ。どうする?」
「あいつに背負わせたらいいんじゃね?」

大穴牟遅(オオアナムチ)は大きな袋を背負い、兄たちの後を付いていくことになりました。
オオアナムチとは、オオクニヌシの幼名です。その他、オオクニヌシにはたくさんの名前がありますが、その都度説明します。
八十神たちは旅の途中、砂浜で皮を剥がれた兎(うさぎ)が倒れているのを見つけました。

「苦しい、助けてください」

八十神は言います。

「それではこの海の塩水を浴び、風に当たるよう、高い山の上で横になればいい」

兎は言われた通りにします。ところが海の塩が乾くにつれ、全身の皮膚が裂け始めたため、さらに痛く苦しくなりました。

「苦しい、痛い、痛いよ~!」

そこに大きな重い荷物を背負って、てくてく歩いてきたのがオオアナムチ。
「どうした?」
兎は答えます。

「私は隠岐の島にいました。何とか本土に渡りたいと思って、妙案を思いつきました。
海のサメを呼んで、

『ボクたちとサメくんたち、どっちが仲間が多いかなあ?』
『そりゃオレたちに決まってるだろ、常識的に考えて』
『そうかなあ、それじゃサメくん、仲間たちを呼んできて、あっちの砂浜まで並んでみてよ。ボクがその上を跳んで、数を確かめてみるから』

このようにして、集まったサメたちの頭を跳び越えて渡ってきました。

『はっはっは、わざわざボクを本土まで渡らせてくれるために集まってくれてありがとう、サメさん』
『何だと、オレたちを騙したってのか、常識的に考えて!』

最後の一歩を前に一番隅のサメに捕まり、皮を剥がされてしまいました。
それで浜で苦しんでいるところを八十神に出会い、

『それではこの海の塩水を浴び、風に当たるよう、高い山の上で横になればいい』

と言われ、さらに苦しくなった次第です」

オオアナムチは、兎に教えます。

「急いで川に行き、真水で全身を洗うんだ。そして蒲(がま)の花粉(原文:蒲黄)を撒いて、 その上を転がりなさい」

兎がその通りにするとあら不思議、兎の身体は元通りになりました。
兎は、オオアナムチに言います。

「実は私、ヤガミヒメの使いの兎神なのです。あの八十神たちは、絶対にヤガミヒメとは結ばれません。大きな袋を背負って、たとえ遅れたとしても、あなた様こそヤガミヒメに相応しい人なのです」

これが因幡の白兎神話。
オオアナムチって、優しいですね。そして、医療の知識も持っていたようです。

八十神たちは因幡の国に到着、ヤガミヒメに求婚します。
ところがヤガミヒメは、

「私は、あなた方の言うことは聞きません。オオアナムチ様と結婚します」

少しはねるとん並みに、話くらい聞いてやれよ。
そこに重い荷物を抱えたオオアナムチが、てくてく歩いてきます。

「私はこの方と結婚します!」
「え、どうなってるわけ?」

オオアナムチは、ヤガミヒメと結婚することになりました。

「何であいつなんかと」
「オレの方がイケメンだってのに」
「いや、それは無いんじゃね?」

納得できないのは八十神。オオアナムチを殺そうと画策しました。
そこで帰り道、伯耆の国(ほうきのくに:鳥取県西部)の山の麓に来て、オオアナムチに言いました。

「赤い猪が山にいる。オレたちが追い落とすから、お前が捕えてくれ」
「分りました」

こう言って八十神たちは、大きな岩を火で焼き、転げ落としました。麓で待ち構えてたのは、もちろんオオアナムチ。

「なっ、何だ!?」

真っ赤に焼けた岩を真正面から受け止めたオオアナムチは、黒こげになって死んでしまいました。オオアナムチのお母さんは高天原に行き、神産巣日之命(カミムスビノミコト)にお願いしました。

「おおオオアナムチ、しんでしまうとはなさけない。そなたにもういちどチャンスをやろう」

カミムスビノミコト。天地創造の時代、3番目に現れた神様ですね。カミムスビは、すぐに𧏛貝比売(キサギヒメ)と蛤貝比売(ウミギヒメ)を送ります。

キサギヒメが貝の殻を集め、ウミギヒメが乳を搾って溶き、オオアナムチに塗ったところ、オオアナムチは生き返ることができました。
どうやら貝や乳には、火傷の治癒力があるようですね。

「解せぬ!」
八十神はそれを見て、再びオオアナムチを騙して山に連れて行き、大木にオオアナムチを挟んで殺してしまいます。

「おおオオアナムチ、しんでしまうとはなさけない。そなたにもういちどチャンスをやろう」

お母さんに助けられ、オオアナムチは再び生き返ることができました。
が、お母さんは心配します。

「このままではまた、オオアナムチは八十神に殺されてしまう」

そこで、木の国(伊予国:和歌山県南部)の大屋毘古神(オオヤビコノカミ)の所に行かせました。オオヤビコ、本書では省略したイザナギ/イザナミが生んだ神様です。ここで再登場するということは、この神様は何か意味を持ってますね。「大屋」、大きな家屋を持っている神様のところまで、八十神は追ってきます。

ヒュン ヒュン!
オオヤビコの大きな家屋に向かって、たくさんの矢が飛んできます。
それでも八十神の攻撃は防ぎきれない。

「こうなったら根の堅州国に行って、スサノオ様に相談するべきですじゃ!」

オオヤビコは木の股を潜り抜かせ、オオアナムチを逃がします。おそらく大屋敷の地下室、抜け道から逃がしたのでしょう。
そして、オオアナムチが向かった先は根の堅州国。死者の世界でしたね。
人間は、いつでもどこでも死ねます。どこからでも穢れた根の堅州国に行けます。が、死者の出口はただ一つ、出雲だけです。

根の堅州国

オオアナムチが根の堅州国に到着すると、大きな屋敷がありました。
その前に一人の女性がいます。スサノオの娘、須勢理毘売(スセリビメ)でした。

「おや、いい女」
「あら、いい男」

一目会ったその日から、恋の花咲くこともある。
2人はその場で結婚します。
それにしても、どっかで見たシーンだなあ。
スセリビメは早速、オオアナムチを屋敷に連れて行きます。

「お父さん、とても素敵な方がいらっしゃいましたわ」

ドドドドドド…
スサノオは相変わらず、すごい迫力です。

ゴゴゴゴゴゴ…
「何の用だ、葦原色許男(アシハラノシコオ)」

日本書紀には葦原醜男と書かれています。醜男(しこお)とは、「ブサイク」の意。古事記からは「色男」の意だと感じますが。
前に「黄泉醜女(よもつしこめ)」という、イザナミを追いかけた恐ろしい鬼女がいましたね。ここから「醜男」という呼び名が生まれたのでしょう。古事記には「黄泉醜女」とは書かれてますが、「葦原醜男」とは一言も書かれてません。

「まあいい、今宵は蛇の部屋で寝るがいい」
「大変だわ。でも、私が助けてあげる」

スセリビメは、「蛇の比禮(ひれ)」という布をオオアナムチに渡します。

「もし蛇があなたを襲ってきたら、この布を3度振るのです」
「布を3度振る?」
「これには蛇を祓う力があるのです」

オオアナムチは言われた通り、蛇の部屋で寝入ります。
果たして出てきました、無数の蛇!
ここは探検隊が入るジャングルか?
オオアナムチは蛇の布を3度振りました。すると、蛇たちは退散します。
おかげでオオアナムチは、朝までぐっすり寝ることができました。

ドドドドドド…
「今夜は、ムカデと蜂の部屋で寝るのだ」

スセリビメは、「ムカデと蜂の比禮」をオオアナムチに渡します。
オオアナムチ、今宵はムカデと蜂の部屋で寝入ります。
サソリと毒グモの部屋だったら間違いなく密林、探検隊が入るジャングルですね。
オオアナムチは布を3度振りました。
これでムカデと蜂も退散!

スサノオ、今度はオオアナムチを広い野原に連れて行きます。そして、鳴鏑(なりかぶら)という矢を広野に放ちます。

ゴゴゴゴゴゴ…
「あの矢を取ってくるのだ」
「分りました」

オオアナムチが矢を探しに行くと、スサノオは周りに火を放ち、広野を火の海にします。

「お父さん、止めて!」
「うるさい、男の世界に女が口を出すでないわ!」

昭和のスポ根マンガ並みの、怒涛の展開です。あたり一面、火の海がオオアナムチを取り囲みます。
オオアナムチ、絶体絶命の大ピンチ!
その時、一匹のネズミが出てきてこう言いました。

「内はホラホラ、外はスブスブ」

内は洞穴(ほらあな)で、外は窄(すぼ)まっている。
つまり、「ここ掘れワンワン」という意味。
オオアナムチは、ネズミに言われた場所を踏みつけます。すると地面に穴が開いて、ほら穴に落ちました。
ほら穴に隠れていると、やがて広野は燃え尽き、火は消え去ります。
ネズミが、例の鳴鏑矢をくわえ持ってきました。
矢羽の部分は、ネズミの子供達に全部食べられてしまったけど、まあいい。

「ネズミさん、ありがとう!」

「ああ、オオアナムチ…」

スセリビメは泣きながら、喪具(喪の道具)を持って、スサノオの元へやってきます。

「色許男は死んだか」

スサノオは確かめに、焼け野原となった広野に出向きます。
その時、

ドドドドドド…
黒煙の中から、オオアナムチが鳴鏑矢を持って戻ってきました。
オオアナムチにも、だいぶ貫禄がついてきたようです。

「色許男め、なかなかやりおるわい」

スサノオは屋敷の広い部屋へ、オオアナムチを招き入れます。
そして大の字に寝ころび、

「さあ、わしの頭の虱(しらみ)を取るのだ」

その頭を見たら、シラミではなくムカデ!
たくさんのムカデが蠢いていました。
するとスセリビメは、椋(むく)の木の実と赤土をこっそりオオアナムチに渡します。
オオアナムチは椋の木の実を噛み破り、赤土と混ぜて、唾として吐き出しました。

「どうやらムカデを噛み破り、唾として吐き出してるようだな」

スサノオはオオアナムチをはじめて心から愛しいと思い、眠りにつきます(原文:心思愛而寢)。

今がチャンス!
オオアナムチはスサノオの髪をつかみ、部屋にあるたくさんの柱に結び付けます。そして、部屋の入り口を大きな石(五百引石:いおびきのいし)で塞ぎます。

コラム:石(岩)
アマテラスも天石戸に隠れてしまいましたね。そしてアマテラスが天石戸から引っ張り出された時、フトダマは注連縄(しりくめなわ)を岩戸に張りました。
オオアナムチは、スサノオの部屋の入り口を五百引石で塞いだ。どうやら石(岩)には、神聖な意味があるみたい。磐座(いわくら)信仰には、何かを封じ込めるという意味があるようです。

「さあ、行こう!」

オオアナムチはスセリビメを背負い、スサノオの宝である生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)、そして天詔琴(あめののりこと)を持って逃げ出します。その時、

ポロロ~ン!
琴が近くの木に当たってしまいました。
スサノオの琴です。木に当たっただけで、大地に大音響が響きます。
スサノオは、その音で目覚めます。

「色許男め、逃げおったな!」

ズシーン!
スサノオは立ち上がります。もちろん屋敷なぞ、一気に引き倒されます。入り口を塞いだ神聖な五百引石など、全く意味がありません。
ところが柱に結び付けられた髪を解いているうちに、オオアナムチは遠くまで逃げてしまいます。
オオアナムチは見抜いてました。スサノオ唯一の弱点を。

それは不器用!
例え五百引石が無意味でも、不器用なスサノオだったら、髪を解くには時間がかかる。

ズシーン! ズシーン!
ようやく髪を解いたスサノオが、オオアナムチを追いかけます。
オオアナムチは、黄泉比良坂(よもつひらさか)までたどり着きました。地上まであと少し!
その時、スサノオの大きな声が響いてきました。

「お前が持ち出した生大刀と生弓矢で、お前の異母兄弟たちを坂の峰に追い詰めろ!
川の瀬に追い詰めて屈服させろ!
お前は大国主の神となり、宇都志国玉(うつしくにたま)の神となれ!
わが娘、スセリビメを正妻とし、
宇迦能山(うかのやま:出雲大社北東にある山)の麓に、
地底の岩に巨大な宮柱を撃ち込み、高天原まで届く壮大な神殿を造れ!
そして芦原の中国を治めるのだ!

分かったか、この野郎!
(原文:是奴也)」

オオアナムチは気づきます。

「そうか、そういうことだったのか…」

仮にオオアナムチが、根の堅州国に行ってスセリビメを連れ帰っただけなら、2人は八十神たちに、あっという間に殺されたでしょう。
因幡の白兎を救った、心優しいオオアナムチ。が、優しいだけでは男は生きて行けない。
そこでスサノオは、徹底的にオオアナムチを鍛え直したのです。
スサノオから授かった名、その名は大国主(オオクニヌシ)!

「オレは今、猛烈に感動している。父ちゃん、いやご先祖様、オレは『芦原の中国』の星になるぜ!」

オオクニヌシの両の目に、メラメラと炎が燃え盛ります。
根の堅州国から戻ったのに、オオクニヌシは穢れもしません。禊ぎもしない。
仏教の言葉を借りれば、

「地獄から蘇えったヒーロー」

の誕生です。
ここからオオクニヌシの無双が始まります。

スサノオに言われた通り、オオクニヌシはその大刀と弓を持って、八十神を追い立てます。
何と言っても、あのスサノオに鍛えられたんです。芦原の中国では無敵!
坂の峰毎に追い詰めて倒し、川の瀬毎に追い詰めて屈服させ、あっという間に出雲国の主となります。
これが大国主命の誕生神話。

大国主の国造り

コラム:大国主の試練
このようにスサノオは、自分の子孫であるオオクニヌシを鍛え直したのですが、何故このような神話が創作されたのでしょう?
スサノオがオオクニヌシに与えた試練を整理すると、

(1) 蛇の部屋で寝かせた
(2) ムカデと蜂の部屋で寝かせた
(3) オオクニヌシを広野に呼び、炎で囲んだ

蛇/ムカデ/蜂、全て毒を持った生物です。これらの生物に噛まれたり刺されたりすると、命に関わります。今でこそ解毒剤や血清がありますが、弥生時代や奈良時代、どのようにして毒に対処したのでしょうか?

調べてみましたが、古代の毒の対処法に関しては不明。全く分かりませんでした。しかしながら蛇に噛まれたり、ムカデや蜂に刺された箇所を布で縛って、毒が全身に回ることを防ぐことくらいはしたはず。そのような毒に対して、オオクニヌシは苦も無く布を3度振って対処してます。

そしてスサノオは、広野に火を放ち、オオクニヌシを火で囲みました。その時オオクニヌシは、ほら穴に落ちて火が治まるのを待った。
私は「ドリーネ」を連想しました。ドリーネとは、石灰岩で形成されたカルスト台地の地下に、水の浸食によって空洞(鍾乳洞)ができ、地面が崩落して生ずる窪地のこと。ドリーネを踏みつけて空洞に落ちると、これまた命に関わります。山口県美祢市秋吉台に広がる広大なカルスト台地に、ドリーネが数多く存在します。秋吉台とその周辺からは、縄文時代や弥生時代の土器/石器が発見されています。

そして野焼き。植生を目的に、野山を焼き払うことです。「焼き畑農業」をご存知でしょうか?
作物栽培を短期間おこなった後、その土地の現存植生を焼却することによって整地、自然の遷移によって、その土地を回復させます。そして休閑期間を経て再利用する、循環的な農耕のこと。縄文時代から続く、伝統的な農業手法です。

ヒエを育て収穫した後、野焼き。しばらくしてアワを育て収穫。野焼きの後にソバ/ダイズ/アズキなど、同じ土地で様々な農作物を収穫する手法。今でも宮崎県などで見られます。秋吉台のカルスト台地では、今でも野焼きが行われてます。但し、現在の秋吉台の野焼きは、農業目的ではありません。景観保全のためですが。

大国主の試練は、このような奈良時代における人間の脅威と、対処方法に基づいて創作されたのではないでしょうか?
こう考えると、スサノオが象徴する「モノ」について、面白いことが分かります。

(1) 高天原におけるスサノオは、日本を取り巻く自然災害の象徴
(2) 葦原の中国におけるスサノオは、治水という自然災害へ立ち向かう人間の象徴
(3) 根の堅州国におけるスサノオは、人間を死に誘う危険の象徴

これまた仏教の言葉を借りれば、スサノオは天界/人界/地獄界という、それぞれの世界観を象徴していますね。

コラム:黄泉の国と根の堅州国
この2つの世界観に、1つだけ違いがあることに気づきました。
黄泉の国のイザナミは、身体に蛆(うじ)が集ってましたね。イザナミの肉体は滅んでます。ところが根の堅州国のスサノオは、肉体が滅んでない。

(1) 根の堅州国は、死んでも魂と肉体が存在している世界
(2) 黄泉の国は、死んで肉体が滅び、魂だけが存在している世界

このような奈良時代における、死後の世界観を区別しているのかもしれません。
「黄泉の国は、根の堅州国のさらに深部にある」
のかもしれませんね。
いずれにしろ、地上(芦原の中国)への出口は、黄泉比良坂(よもつひらさか)がある出雲だけです。
ところで以前スサノオは、

「根の堅洲国にいる、亡き母に会いたいのです」
「あのような、穢らわしいところに行きたいと言うのか?」

と、伊邪那岐大御神(イザナギノオオミカミ)と会話してましたね。この伏線は回収されました。根の堅洲国という「穢れた死者の国」に行きたいという目的は成し遂げてます。
そして、スサノオが亡き母に会えたかどうか定かではありませんが、スサノオの言葉を信じる限り、イザナミはスサノオの母。

すなわちスサノオは、アマテラスやツクヨミという「神」ではなく、イザナミから生まれた「人間」ということになりますね。だから死ぬことができる。死んで根の堅洲国という、「穢れた死者の国の主」となることもできました。
本件に関しては、最後に改めて考察します。

ところでオオクニヌシには、ヤガミヒメという嫁がいましたね。
ヤガミヒメは、もちろん出雲へ来てたのですが、正妻のスセリビメを畏れて、生まれた子を木の又に挟んで帰ってしまいました。

この部分、ちょっと気になります。
以前オオクニヌシは、木の又に挟まれて死んでしまいましたね。それと同じことをヤガミヒメは、オオクニヌシとの子供に行ってます。ひょっとして、ヤガミヒメはオオクニヌシの子供を殺して帰った!?
ヤガミヒメは因幡の国のお姫さまでしたね。つまりこの部分は、因幡国と出雲国の分裂を意味しているのかもしれません。

とにかくオオクニヌシの国造りは止まりません。留守をスセリビメに任せて、次から次へと領土を広げていきます。その方法は、

ナンパ!
各地のお姫様を、次々と嫁にしていきます。
オオクニヌシは、別名「八千矛(やちほこ)の神」とも呼ばれます。矛の意味はお察しください。
八千矛神は、越の国(北陸地方)の沼河比売(ヌナカワヒメ)に求婚しようと出かけます。ヌナカワヒメの屋敷に到着したヤリ〇ンは、歌を詠みます。
歌の原文は、かなり長くてエロい内容。訳すと、本書は官能小説になってしまいますので、ここは水木先生から引用します。

「妻がいながら 越の国に 賢く美しい 女がいると 聞いてきた…」

それに対してヌナカワヒメは、戸を開けず、家の中からこのように返しました。

「緑濃い山に 日が暮れたならば 射干玉(ぬばたま:黒い/暗い)の夜に おいでください…」

深夜に夜這いをかけろと言ってますね。
翌日の夜(=翌日未明)、八千矛神とヌナカワヒメは結ばれました。

出雲で待っているスセリビメは、たまったものではありません。嫉妬は増す一方。
出雲に戻った日子遅神(ひこちのかみ)は、スセリビメに詫びます。

「正直スマンかった」

一方で大和の国(原文:倭国)に行こうと、装束を整えます。
そして片手に馬の鞍をつかみ、片足をその鐙(あぶみ)に踏み入れながら、スセリビメに別れの言葉を詠みました。
結論から書きましょう。この後、八千矛神とスセリビメは歌を詠みあい、愛を確かめ合います。結果、八千矛神は出雲の地に留まるのですが、歌を訳すとこれまた官能小説になるので省略。

それより、出雲を旅立とうとする八千矛神にご注目ください。ここだけ「日子遅神」と書かれてます。
日子遅(ひこち)、音仮名ですね。「秘胡地」と当てると、どうでしょう?
前後から判断して、秘胡地は、

「秘密の未開の土地」

という意味になります。あるいは(少々ネタバレになりますが)、

「日の子が遅れてやって来た土地、日子遅」

以上からオオクニヌシは、当時は未開の地であった奈良地方への移住を考えていたと推測します。
倭国/大和国、どちらも「日本」を意味します。奈良の地(橿原)が、大和王権発祥の地であることはご存知の通り。
しかしながら、どうやら弥生時代、奈良盆地は未開の土地だったようです。

ちなみに弥生時代に馬はいません。日本に馬や牛が入ってきたのは遺跡から判断して、早くて古墳時代と推定されています。
ここからも日本神話は、奈良時代に創作されたことが分かります。

さて、古事記にはこの後、オオクニヌシの嫁や子供たちが書かれています。その子供たちは、180人(百八十神)もいたらしい。これが「八千矛神」たる所以(ゆえん)。

全ての嫁や子供たちを紹介すると、長くなるので省略。
ところで省略した嫁や子供のうち何人か、後で重要な役割を持つことになる神様がいます。この神様たちも、その時が来たら紹介します。
実際、私がその重要性に気づいたのは、最後の最後でした。