スサノオの横暴

勝ち誇ったスサノオは、田んぼのあぜを壊したり、灌がい用の溝を埋めたり、神殿に糞をしたり、やりたい放題。文章では伝わりませんが、高天原でゴジラが暴れてるんですよ。

「大したことではありません。きっとスサノオには、何か考えがあるのです」

アマテラスは、黙認するしかありません。
ある時、アマテラスは機織る神殿(原文:忌服屋)に立ち寄ります。そして神々の衣服を織るよう、機織女(はたおりひめ)たちに命じます。
その時、神殿に現れたのはスサノオ。

ズシーン!ズシーン!
高天原を揺るがす、地響きが近づいてきます。

ズガーン!ガラガラッ…
スサノオは神殿の屋根に穴を開け、そこから馬を逆剥(さかはぎ)、尾の方から皮を剥いで投げ込みました。
驚いた機織女の一人は、梭(ひ:織機りに用いる器具)にホトを衝いて死んでしまいました。

「もう無理!」
アマテラスは、天石戸(あまのいわと:岩の洞窟)に引きこもってしまいました。
これが天岩戸隠れ。

アマテラス、よく頑張った!
父イザナギと約束した、高天原を治める責任。たった一人で神話界のゴジラに立ち向かったアマテラス。
もういい、誰にも遠慮することは無い。天石戸で心置きなく泣くがいい。

アマテラスが天石戸に引きこもったので、高天原も葦原の中国も真っ暗になりました。
このため八百万(やおよろず)の神々は、天安河(あめのやすかわ)という河原で会議を行います。
てか、おまいら、アマテラスが引きこもる前に会議しろよ!
スサノオのことはアマテラスに任せっきりだったクセに、いざ自分たちが困ると、これだもんなあ。

とにかくタカミムスビの子、思金神(オモイカネ)は思案します。
タカミムスビとは天地創造時、2番目に対生成した神様でしたね。その子、オモイカネは「策士」。後々、よく出てきます。

オモイカネはまず、常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)を集めて鳴かせます。夜中にそんなことをされると騒音公害ですが、そんなことを言ってる場合ではない。
次に天金山(あめのかなやま)から鉄を取ってきて鍛冶師を呼んで、さらに石凝姥命(イシコリドメノミコト)に鏡を作らせます。
こうしてできたのが「八咫の鏡(やたのかがみ)」。ご存知「三種の神器」の一つです。

そして、玉祖命(タマノオヤノミコト)に「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」を作らせます。これで、三種の神器の2つ目が生まれました。
八尺瓊勾玉とは、たくさんの勾玉に穴を開け、紐を通してネックレスにした、あれです。

それから天児屋命(アメノコヤネノミコト)、太玉命(フトダマノミコト)という、2人の神様を呼び、占いを行います。
イザナギ/イザナミも行った、骨を焼いて入ったヒビから占う太占(ふとまに)。弥生時代から続く吉凶占いで、「骨卜(こつぼく)」と言います。ここからも日本神話は、弥生時代をモチーフとして創作された物語ということが分かりますね。

アメノコヤネとフトダマは、天香山(あまのかぐやま)の鹿を獲ってきて、「天のははか」という植物を燃やし、それで鹿の骨を焼いて占います。結果、榊(サカキ)が吉!
サカキとは、神社の神主が地鎮祭などを行うとき、白い紙を付けて手に持つ葉っぱ、あれです。この時の白い紙を、丹寸手(にきて)と言います。今は白い紙ですが、昔は青い布もあったらしい。

天香山(あまのかぐやま)のサカキの木を根こそぎ掘り起し、上部に八尺瓊勾玉を輪のように掛けます。
真ん中に八咫の鏡を取り付け、根っこには白い丹寸手/青い丹寸手をヒラヒラと垂らせます。
これで日本版クリスマス・ツリーのできあがり。
これをフトダマが、天石戸の前に置きます。
アメノコヤネは、祝詞を唱え始めます。
そして天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)が、岩戸の脇に隠れ立ちます。
これで全ての準備が整いました。

天宇受売(アメノウズメ)

大変長らくお待たせしました。
本日の踊り子は、天宇受売命(アメノウズメノミコト)さんです。盛大な拍手を!
祝詞に合わせてアメノウズメは踊り出し、いきなりおっぱいを露わにします。

「ちょっとだけよ」
と言いながらホトまで露わにしたからたまりません。八百万(やそよろず)の神々は、

「ええど、ええど!」
と大騒ぎ!

「あんたも好きねえ」
尚、踊り子さんの衣装や肌には、決してお手を触れないよう、固く堅く、お願い申し上げます。

世界の皆さま、真に申し訳ありません。お釈迦様は、菩提樹の木の下で悟りを開いたというのに日本の神々は、サカキの木の下でストリップショーやってて、ホントごめんなさい。

「何なの、この騒ぎは?」

アマテラスは、怪訝(けげん)に思います。
天岩の戸を少し開けます。とたんに高天原に光が射します。

「私が隠れて、高天原や葦原の中国は真っ暗になったと思ってたのに、これは一体…」

アメノウズメは、ほぼ全裸の状態で踊り続けます。

「アマテラス様に替わる、新しい神様のご誕生よ!」

祝詞を唱えてたアメノコヤネとフトダマが、八咫の鏡をアマテラスに近づけます。
いよいよ光が強くなりました。

「えっ、えっ!?
私に替わる、新しい神様って誰?」

アマテラスは岩戸から、少し身を乗り出しました。

「今だ!」
隠れ立っていたアメノタヂカラオがアマテラスの腕を取り、岩戸から引っ張り出します。
次の瞬間、フトダマが注連縄(しりくめなわ)を岩戸に張ります。

「よし、これでアマテラスは岩戸に戻れないぞ」

どうやら注連縄には「結界」という意味があるようですね。
アマテラスは問います。

「私に替わる、新しい神様って誰よ?」
「それはこの方です!」

アメノコヤネとフトダマが、八咫の鏡をアマテラスの前に置きました。
もちろん鏡にはアマテラスの姿が映り、高天原と葦原の中国は光を取り戻してます。

「そんなことするんだったら、出てあげるんだからね!」

アマテラス、けっこうツンデレかもしれません。
とにかく、これにて一件落着!
もうアマテラスは一人ではありません。八百万の神々と一緒なら、スサノオにも対抗できる。結果スサノオは髭をそられ、手足の爪を剥がされ、高天原を追放されました。

意外とあっさりですねえ。ここから「スサノオ VS アマテラス率いる八百万の神々」、クライマックスシーンを期待したんですが。
とにかく高天原を追放されたスサノオが降りた地は、出雲。
ここから、本格的な「出雲神話」が始まります。

考察:天岩戸隠れ

出雲神話に入る前に、ここまでの話を整理してみましょう。
この神話は一体、何を物語っているのか?

とにかく目立つのは、スサノオの傍若無人ぶりです。好き勝手やって、アマテラスを天岩戸に追いやり、高天原は真っ暗になります。
ネットで調べてみると、これを「日食」と捉える研究者が多いらしい。たしかに日食は、太陽を隠します。

ご存知の通り日食とは、太陽/月/地球が、一直線上に並んで起こる天体現象。西暦248年(弥生時代終末期)に、日本で皆既日食が観測されたそうです。
が、それだったらアマテラスと仲が悪いのは月、ツクヨミなのでは?
ちょっと待てよ、奈良時代の人たちは、日食の原理を知っていたのか?
そもそも、どんな天文知識を持ってたのだろう?

調べてみると、2つ見つかりました。(ウィキペディアより)
1つめは、壁画で有名な「高松塚古墳」。奈良県高市郡明日香村にある古墳で、藤原京期(694年~710年)に築造された、終末期古墳。

天井画は円形の金箔で星を表し、星と星の間を朱の線でつないで星座を表したものである。中央には北極五星と四鋪四星(しほしせい)からなる紫微垣(しびえん)、その周囲には二十八宿を表す。これらは古代中国の思想に基づくもので、中央の紫微垣は天帝の居所を意味している。

「宿(しゅく)」とは、中国版星座のことです。オリオン座、さそり座など、現在の星座は88星座にまとめられてます。当時の中国(唐)では、28宿にまとめられてたんですね。
2つめは「キトラ古墳」。奈良県高市郡明日香村の南西部、阿部山に築かれた古墳。

壁画などにみられる唐の文化的影響が高松塚古墳ほどには色濃くないことから、遣唐使が日本に帰国(704年)する以前の、7世紀末から8世紀初め頃に作られた古墳であると見られている。

天井には三重の円同心(内規・赤道・外規)と黄道、その内側には北斗七星などの星座が描かれ、傾斜部には西に月像、東に日像を配した本格的な天文図がある。この天文図は、中国蘇州にある南宋時代(13世紀)の淳祐天文図より約500年古く、現存するものでは東アジア最古の天文図になる。 描かれている星の総数は277個である。

黄道(こうどう)とは、太陽が通る道。あなたが生まれた月の星座は何ですか?

12月23日~1月20日生まれだったら「やぎ座」。
1月21日~2月19日生まれだったら「みずがめ座」。
2月20日~3月20日生まれだったら「うお座」。

これはそれぞれの月に、それぞれの星座上を太陽が通過していることを示します。
その黄道がキトラ古墳に描かれてるということは、間違いなく古代ギリシャの知識が日本に伝わっていたことを意味します。ヨーロッパの文化がシルクロードを通じて中国に、そして遣隋使/遣唐使によって日本に入ってきたのでしょう。
ということは、太陽や月は地球(日本)を回り、月は太陽の光を受けて満ち欠けることを知ってたはず(天動説)。ひょっとしたら、地球が丸いことまで知ってたのかもしれません。

ここで、アマテラスの岩戸隠れを振り返ってみましょう。
サカキの木の上部に八尺瓊勾玉を輪のように掛け、真ん中に八咫の鏡を取り付けました。
アマテラスが岩戸から出てきたとき、八咫の鏡が光ります。同時に、上部の八尺瓊勾玉も反射してキラキラ輝いたはず。
八咫の鏡はアマテラスの象徴、八尺瓊勾玉はツクヨミの象徴。スサノオの象徴はこの後、出雲神話で出てきます。

奈良時代の人たちは、太陽の周りを月が回っていることを知っていた。さらに月は太陽の光を反射して、満ち欠けすることも知っていた。だから八咫の鏡の周りを八尺瓊勾玉で飾った。こう考えると勾玉の形が、なんか三日月に見えてきたなあ。

日本の朝廷でも持統天皇の時代(在位:690年~697年)以後に、暦博士が日食の予定日を計算し、天文博士がこれを観測して密奏(観測記録と占星術による解釈を内密に天皇に上奏すること)を行う規則が成立した。
(ウィキペディアより)

正確には、日本書記に基づいた文章を抜粋しました。とにかく間違いなく、日食の仕組みも知ってます。
ならば、アマテラスの岩戸隠れは日食の象徴ではない。日食を表すのなら、アマテラスと仲が悪いのは月の神様、ツクヨミでなければならないから。
それではなぜ、アマテラスとスサノオは仲が悪いのでしょう?
仲が悪いというより、アマテラスはスサノオを畏れてます。太陽神が畏れるものとは一体…

スサノオは海を治める神様でしたね。そのスサノオが泣くと海は荒れ、山は枯れる。

これ、水害のことですよ。
台風が日本列島にやってくる時、海は荒れます。前線が停滞すると長雨が続き、土砂崩れが起こり、山は枯れます。
こんな光景、現在でも見てるでしょう。
日本で暮らす以上、地震、火山の噴火、水害は避けられない自然災害です。中でも水害の被害がもっとも大きい。毎年、必ずと言っていいほど水害が発生し、多数の犠牲者を出します。

そして水害とは川の氾濫。稲作が始まった弥生時代以降、川の氾濫は日本人にとって一番の脅威です。そんな水害をもたらす神様、スサノオは水害の神様だったんですね。
さらにスサノオが歩くと山や川は動き、大地は震えました。

山が動く :火山の噴火
川が動く :川の氾濫
大地は震える :地震

スサノオは、「日本の自然災害」の象徴なのかもしれません。
ところで水害が日本列島を襲うとき、空には必ず雲が現れ、太陽を覆い隠すでしょう。
雲は太陽より強いんです。

そして奈良時代の人は、なぜ海が荒れ山は枯れるのか、原因を知ってたでしょうか?
おそらく気象の知識は、ほとんど無かったはず。あったとしても、天文と気象がごっちゃになってます。全ては、人間が見上げる天上(空)で起こる現象。だから太陽/月/雲(=荒れる海)、これらの象徴である三貴神が並列に扱われた。

日本初のストリップショーは、雨乞いの逆。スサノオ(=自然災害)を遠ざけ、再び太陽を呼び戻すための「晴れ乞い」だったのでしょう。

それにしても晴れ乞いにしては、ストリップショーとは大げさだと思いませんか?
これは、ストーリー上の都合でしょう。神話界のゴジラを高天原から追放するためには、それなりの通過儀式が必要。このため策士オモイカネは、ストリップショーを開催した。それは分りますが何故、このような神話が創作されたのでしょう?
アマテラスの興味を引き付けるため、神々が大騒ぎすればいいのですから、それがストリップショーである必然性は無い。

ストリップを見て喜ぶのは男性ですよね。女性から見たら全然面白くないし、むしろ嫌悪感を覚えるでしょう。つまり、アメノウズメのストリップを見て大騒ぎしたのは男性の神々。そして、天岩戸から引っ張り出されたのは女王的な神様。
実は、これと似たような史実を日本の歴史は持ってるんです。これに関しては、その時が来たら触れます。

最後にツクヨミノミコト。夜を治めるツクヨミは、全く出番がありません。が、出番が無いところに意味がある。
実は私、初めて古事記を読んだとき、ツクヨミの正体にすぐ気づきました。奈良時代の人たちも古事記を読んだとき、すぐに気づいたはず。
これ、時間の神様なんです。
気付いた理由は簡単。昔の日本人は、太陰暦を使用してたから。

太陰暦
現代の暦は太陽暦。太陽の周りを地球が、1年365日かけて一周することを基準としています。
昔は太陰暦。月が1ヵ月30日かけて、満ち欠けすることを基準としていました。
月齢0、月が見えない状態を「新月」と言いますね。新月、つまり「新しい月」、1日です。ここから月はだんだんと見え始め、三日月になります。三日月、つまり3日です。

そして上弦の月(半月)が7日。「十五夜お月さん」満月が15日。
下弦の月(半月)が23日。
30日経つと新しい月、「新月」が始まります。

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」

平安時代、藤原道長が詠んだ和歌です。
望月、つまり満月を見てますから、15日に詠まれたことが分ります。
仮に道長が中秋の名月を見てたとすると、旧暦8月15日に詠んでます。
今でも太陰暦の名残りが残ってます。今、あなたが本書を読んでるのは何月何日ですか?
仮に、7月30日だとしましょう。

「新年が始まって、7番目の月の30日」

日、つまり太陽が月の後にきてますね。これは1か月の内に30回、太陽が昇って沈むからです。「月日」という言葉は、太陰暦の名残りなんです。
古事記に戻って月を読む神、略して「ツクヨミの神」。もう分りますね。
「時を刻む神」という意味です。

さて、ここまでのストーリーをまとめてみましょう。
イザナギ/イザナミ神話で日本列島が生まれ、そこにある山や川、草木が覆い繁る台地が生まれました。さらに火を扱う人間も生まれました。
そして日は昇り、月は満ち欠け、そこに雲が現れ、太陽を覆い隠し水害を招く。
そんなことはお構いなしに、時はたんたんと流れていくという「日本を取り巻く自然環境」が、高天原(天界)を舞台に描かれてます。

そんな日本に生きる人間の物語、これが出雲神話です。