黄泉(よみ)の国

しかしながら、最後に火の神を生んだのがまずかった。イザナミは女性器から火を吹いて、死んでしまいます。
以降、女性器のことを「ホト(原文:蕃登)」と称します。古事記には、ホトが頻繁に出てきて書きにくいんだ、これが。

最後に生まれた火の神様、火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)は、イザナミを失ったイザナギに、十拳の剣(とつかのつるぎ)で斬り殺されます。
基本的に、古事記に出てくる剣は「十拳の剣」で統一されてます。が、特殊な剣も後々出てきます。
死んだカグツチの血から、いろんな神様が生まれますが省略。省略した神様の中で再登場する神様がいますが、これまたその時が来たら紹介します。

イザナギは、もう一度イザナミに会いたいと、死者の国「黄泉(よみ)の国」に出かけます。行ってみると果たしていました、愛しきイザナミ!

「イザナミ、帰ってきてくれ。やり直そう、もう一度」
「困りましたわ。私、既に黄泉の国の食物(禁断の果実!?)を食べてしまいました。
しかし私も戻りたい。黄泉の国の神樣に相談してみます。
その間、絶対に私を見ないでくださいね」

見ろと言ってますね。
お約束通りイザナギが振り返ると、体中に蛆(うじ)がたかり、8つの雷神が座っている、変わり果てた妻の姿でした。

「見たな~!
私にこんな恥をかかせるなんて許さない!」

てか、見てもらうまで待ってたのはイザナミ、あんたじゃん!
私ならこうツッコミますが、イザナギはそれどころじゃない。慌てて逃げ出します。

「あやつを逃がすな!」

イザナミは、黄泉醜女(よもつしこめ)という恐ろしい鬼女に、イザナギを追わせます。
イザナギは、蔓草(つるくさ)の髪飾りを投げつけたら、そこからブドウの実が生えました。黄泉醜女は、ブドウに食いつきます(意外と単純)。
食べ終わると、再びイザナギを追いかけてきました。イザナギは髪から櫛を取り、その歯を折って投げました。すると今度はタケノコが生えてきて、黄泉醜女はまたそれに食いつきました。

「ええい、この役立たずが!
待て~い!」

今度は雷神たちが、イザナギを襲ってきます。
イザナギは、黄泉比良坂(よもつひらさか)までたどり着きました。地上まであと少し。その時、雷神たちに追いつかれた!
イザナギは、とっさに目の前にあった桃の木から実を取り、雷神に投げつけました。これで雷神たちも撤収。
桃には、神聖な力があると考えられてたようです。
「桃源郷」という言葉があるように、この思想は中国大陸から入ったみたい。

いよいよ真打ち、イザナミがやってきます。
ようやく地上に出たイザナギは、黄泉の国からの出口を大きな岩で塞ぎました。

「キイィ――ッ!!」
奥から、イザナミの呪いの言葉が聞こえます。

「こうなったら毎日、地上の人間1000人殺してあげる」

覚悟を決めたイザナギは、こう返します。

「ならば私は、毎日1500人の子供を産ませよう」

こうして人間の生死。人は死ぬけど、その子孫は繁栄するという「当たり前の日常」が生まれました。
これがイザナギ/イザナミ神話。

出雲
ところでイザナギが地上に出た場所、ここが出雲です。
黄泉比良坂も、黄泉の国からの出口も実在します。黄泉比良坂は、島根県松江市東出雲町にあります。
黄泉の国からの出口は、出雲市猪目(いのめ)町にある、猪目の洞窟。

ここ、不思議な場所にあるんです。出雲大社西にある一本道。お土産屋さんや、お食事処が立ち並ぶ道路を進むと、対向車とすれ違うのも困難な一車線道路になります。この道路、今も全く変わってません。出雲市は、この道路を2車線にする予定は全く無いみたい。
山道をくねくねと曲がって、出雲大社の裏山を越えた先の海岸線に、猪目の海水浴場があります。この海水浴場の西にあるのが、猪目の洞窟。

中学生だった頃、夏休みになると猪目の海水浴場には、ほとんど毎週のように泳ぎに行ってました。
ここは遠浅ではありません。海に入ると、すぐに足が着かなくなります。海底は、砂ではなく岩。このため海水の透明度が高く、泳ぎ心地抜群なんです。
泳ぎ疲れた時、猪目の洞窟に入って、寝転んで涼んでました。洞窟の中は、ひんやりして気持ちいいんだ。

ここが黄泉の国からの出口と知ったのは、つい最近のことです。
霊感ゼロで、真に申し訳ない。

穢れと禊ぎ

さて、地上(葦原の中国)に戻ったイザナギは、

「あんなところに行って穢れてしまった。禊ぎをしなければ」

と、筑紫の日向(ひむか)、つまり九州に向かい、そこにあった川で禊ぎを行います。要するに、きれいな川に潜ったわけ。この時、20以上の神様が生まれますが例によって省略。

最後に左の眼を洗うと天照大御神(アマテラスオオミカミ)、右の眼を洗うと月読命(ツクヨミノミコト)、鼻を洗うと建速須佐之男(タケハヤスサノオ)が生まれました。
この3人の神様を「三貴神」と呼びます。

やっと聞いたことがある神様が現れました。が、気になることがあります。
天照(アマテラス)は、高天原を照らす太陽を意味します。
大御神(オオミカミ)とは神様の中の神様、God of Godという意味。
月読(ツクヨミ)は月を読む。この意味は、今のところ不明です。

そして建速須佐之男(タケハヤスサノオ)。通称、スサノオと呼ばれてます。
「建と速」には、何か意味があるのでしょうか?
そして須佐之男(スサノオ)、どうしてこの神様だけ音仮名になってるのでしょう?
細かいことが気になるのが、僕の悪い癖。

とにかくここで、話を整理しましょう。
天地創造から国生み神話が始まりました。そして、これから始まる神話の舞台設定が成されてます。

天界(高天原)、地上界(葦原の中国)、そして死者の国(黄泉の国)。黄泉の国は、根の堅洲国(ねのかたすくに)とも呼ばれます。黄泉の国と根の堅洲国の違いは、現時点では不明。とにかく黄泉の国/根の堅洲国から、死者が出てくるところが出雲。出雲って、何だか不気味ですねえ。

アマテラスとスサノオ

さて、三貴神が生まれたことに、イザナギは大いに喜びます。そして、

「アマテラスは高天原を治めなさい。ツクヨミは夜の国、スサノオは海を治めるのです」

しかしながらスサノオは、泣いてばかりいました。このため海は荒れ、山は枯れてしまいます。海とは、葦原の中国(地上界)の海。高天原に海は無かったはずです。

イザナギはスサノオに問いかけます。

「どうしてお前は、海を治めないのか?」
「根の堅洲国にいる、亡き母に会いたいのです」
「あのような、穢らわしいところに行きたいと言うのか?」
「はい」
「ならば、お前をこの国から追放する。出て行け!」

こう言ってイザナギは、淡海の多賀に隠居します。
イザナギが隠居した先は「淡海の多賀」。イザナギとイザナミが、2番目に生んだ「淡島」ではありません。近江の多賀と解釈されてます。

ここも大変興味深い。スサノオは、
「根の堅洲国にいる、亡き母に会いたいのです」
と言ってます。
「黄泉の国にいる、亡き母に会いたいのです」
とは言ってない。このため前述のように、黄泉の国と根の堅洲国の違いが分からないんです。さらに気になることがあります。

スサノオやアマテラス、ツクヨミは「イザナギの禊ぎ」から生まれましたね。イザナミからは生まれてない。それをどうしてスサノオは、

「根の堅洲国にいる、亡き母に会いたいのです」

と言ったのか?
これは、おそらく「穢れ」が関係しています。「死人 = 穢れている」という、当時(奈良時代)の思想が反映されてるんです。イザナミは死んで、黄泉の国の食物を食べて蛆が集ってましたね。黄泉の国は穢れてます。だからイザナギは、
「あんなところに行って穢れてしまった」
と、禊ぎを行いました。

「根の堅洲国にいる、亡き母に会いたいのです」
「あのような、穢らわしいところに行きたいと言うのか?」

「根の堅洲国も穢れている死者の国」という、舞台設定が成されてるんです。
しかしながら何故、スサノオがイザナミを「亡き母」と言ったのか、理由が分かりません。これは宿題として、後で考えてみましょう。

それから、
「お前をこの国から追放する」
原文には、しっかり「国」と書かれてます。外国へ行けという意味でしょうか。
とにかく奈良時代初期、「国」という自覚が確立していることが、はっきり分かります。

ところでもう1つ、気になることがあります。
イザナギは「伊邪那岐命」、イザナギノミコトと表記されてます。
ところがスサノオと会話する時だけ、「伊邪那岐大御神(イザナギノオオミカミ)」に変身するんです。
ここは建速須佐之男(タケハヤスサノオ)の「建速」と、何か関係がありそうですが、まだ推測の域を出ません。

とにかくイザナギから国外追放を命じられたスサノオは、国外追放されたくないと相談するために、高天原のアマテラスのところへ向かいます。

ズシーン!
ものすごい音が響き、山や川は動き、大地は震えました。
原文を読めば分りますが、すごい迫力です。スサノオが泣くだけで海は荒れ、山は枯れるのですから、歩けばどうなるか、ご想像ください。
イザナギがスサノオと会話する時だけ「大御神」に変身したのが分かる気がします。

ビックリしたのがアマテラス。

「きっとスサノオは高天原を奪おうと、やって来たに違いないわ!」

この時のアマテラスの心中お察しください。
歩くだけで山や川は動き、大地が震えるゴジラがやって来るんです。
急いで髪を解き、美豆羅(みずら:音仮名)にします。美豆羅(角髪)とは、弥生時代の男性の髪型。左右の耳のあたりを輪にして束ねた、あれです。ここから日本神話は、弥生時代をモチーフとしていることが分かります。要するに、アマテラスは男装したんですね。

そして左右の角髪と頭、左右の手、合計5つの勾玉(まがたま)の輪を巻き、背後に1000本の矢を、500本の矢を靫(うつぼ:矢を入れる細長い筒)に入れました。
弓を引き、いつでも撃てる体制を整え、力士の四股のように堅い庭を踏みしめます。
が、力が入り過ぎ!
太ももまで埋もれてしまいます。それでも土を雪のように蹴散らし、雄叫びを上げます。

「スサノオ、何しに来た!」

そうは言っても相手はゴジラ。弓矢で立ち向かうのは無謀ですよ、アマテラスさん。
スサノオは言います。

「いやいや、そう興奮しないでください。私はただ、姉さんに相談があるだけですから」
「何の相談だ!」
「実は、かくかくしかじかで、国外追放されたくないのです」
「そんな言い訳、信じられるか!」

この時のアマテラス、おそらく膝はガクガク震えてたと思います。

「それでは姉さん、ここは誓約(うけい)に委ねましょう」

誓約とは、誓いを立て、神に祈って天の判断を仰ぐこと(水木先生より)。
アマテラスがスサノオの十拳の剣を3つに折って噛み砕いて吹くと、多紀理毘売命(タキリビメ)、多岐都比売命(タギツヒメ)、市寸島比売命(イチキシマヒメ)という、3人の女神様が生まれました。

次にスサノオが、アマテラスから受け取った5つの勾玉を噛み砕いて吹くと、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(アメノオシホミミ)、天之菩卑能命(アメノホヒ)、天津日子根命(アマツヒコネ)、活津日子根命(イクツヒコネ)、熊野久須毘命(クマノクスビ)という、5人の男の神様が生まれました。

「私の勝ちですね。私の心が清らかだったからこそ、私の剣から女の子が生まれたのです」

スサノオは、勝ちを宣言します。
ここで留意して欲しいことがあります。
アマテラスが吹いたスサノオの剣から、3人の女神様が生まれました。
スサノオが吹いたアマテラスの勾玉から、5人の男の神様が生まれました。
2人が生んだ、初めての神様です。
合計8人の神様のうち、何人かの神様が、後々重大な役割を担うことになることだけ覚えといて下さい。

コラム:アマテラスとスサノオの誓約
アマテラスは男の神様だったという説があることをご存じでした?
私自身、ネットで「アマテラスは男神だった」という記述を見たとき、否定できないなと思いました。実は、古事記には「アマテラスは女神である」と、明確に記載された箇所は無いんです。

しかしながらアマテラスとスサノオの誓約が、アマテラスは女神であることを明確に宣言しています。

「それでは姉さん、ここは誓約(うけい)に委ねましょう」

と意訳しましたが、原文は「各宇氣比而生子(それぞれ誓約によって子を生みましょう)」と書かれてます。この後、それぞれの持ち物を噛み砕いて吹いてます。
スサノオ(須佐之男)は、もちろん男の神様。仮にアマテラスが男神だったとしたら、男同士のアイテム(持ち物)を噛み砕いて吹いたことになりますね。そして合計8人の神様が生まれました。こんな、

ウホッ!
な神様、古事記には登場しません。そもそも同性どうしからは子供は生まれない。ここからアマテラスは女神だったことが分かります。
ところで、ツクヨミ(月読)は男性なのか女性なのか?
判断できる材料はありません。