アマテラスの思惑(その3)

アマテラスは言いました。

「今度は、どの神を遣わせばよいでしょう?」

これで4回目。アマテラスもしつこい!
ところでここ、いつの間にかタカミムスヒが居なくなってます。
今までは、タカミムスヒとアマテラスが2人で、

「どの神を遣わせばよいでしょう?」

と言ってましたね。
ここでは、アマテラス1人が「どの神を遣わせばよいでしょう?」と言ってます。
策士オモイカネは言いました。

「天安川(あめのやすかわ)の川上に、天石屋(あまのいわや)があります」
「天石屋?
私が隠れたところ?」
「そういうボケは、いらないです。あなたが隠れたのは天岩戸(あまのいわと)。
すぐそこにあるじゃないですか。
天石屋(あまのいわや)は、この川のはるか上流。
普通の神々では行けない場所です。
そこにいる伊都之尾羽張(イツノオハバリ)か、その子の建御雷之男(タテミカズチノオ)の神がよろしいかと」

イツノオハバリとタテミカズチノオ。
この2人、天石屋(あまのいわや)に住んでるのに「アメノ○○」という名前ではありませんね。特に建御雷之男(タテミカズチノオ)。「之男(ノオ)」だけ、須佐之男(スサノオ)と全く同じ音仮名になってます。さらにタテミカズチは、イザナギが殺した火の神、カグツチから流れた血から生まれた神様です。

コラム:建御雷之男(タテミカズチノオ)
ここまで来ると、神様の名前も分かりやすくなります。建とは文字通り「建てる」こと。建国(国を建てる)というように、後ろの語句に掛かります。それが「御雷(ミカズチ)」、尊敬する雷。つまり「神聖な雷を建てる」、どうやらタテミカズチは雷神のようですね。

さらにタテミカズチは、火の神様カグツチの子供。火(=高温の熱)が無ければ、銅剣や鉄剣(=十拳の剣)は造れません。タテミカズチは武力の神様でもあるようです。最後に「之男」と明記されているのだから、もちろん男の神様。

「あれっ、似たような名前の神様がいたなあ」

そう、建速須佐之男(タケハヤスサノオ)。ご覧になってお分かりの通り、「建」は「速」に掛かってます。

「なまらすごい事を建てる(やってのける)須佐の男」

須佐は音仮名。奈良時代(=太安万侶)にも「須佐」としか表現できなかった音仮名。
おそらく旧辞に「須佐」としか表現できなかった「モノ」があったのでしょう。

「普通の神々では行けない?」
「はい。天尾羽張(アメノオハバリ)という神が、天安河の水を堰き上げて逆流させて、道を塞いでます。
そこで、天迦久(アメノカク)の神を派遣して尋ねさせます」

アメノカクは天石屋まで出向き、イツノオハバリに問いかけました。

「実はかくかくしかじかで、あなたの力が必要なのです」
「そういうことでしたら私の息子、タテミカズチが適任でしょう」

そこで天鳥船(アメノトリフネ)とタテミカズチが、葦原の中国に派遣されることになりました。ちなみにアメノトリフネは、イザナギ/イザナミから生まれた神様です。なるほど、稗田阿礼は「高天原の神様が乗る船」を創作したな。
ここまで詳細に「過程」が書かれてるのですから、今度こそうまく行くのでしょう。

大国主の国譲り

タテミカズチは、アメノトリフネと共に(おそらくタテミカズチはアメノトリフネに乗って)、出雲の「引佐の浜(いなさのはま)」に降り立ちます。
引佐の浜、出雲大社から西に約1km行ったところにあります。
そこで十拳の剣を抜き、波打ち際に逆さに突き立て、その上に胡坐(あぐら)をかいて座りました。

よい子のみんな、決してマネしちゃダメだぞ!
剣の切っ先で胡坐をかいたら、剣が尻の穴に突き刺さり、

「ア――ッ!!」
って、なっちゃうぞ!
タテミカズチは神様だからできるんだ。
タテミカズチは、オオクニヌシに言います。

「アマテラスとタカギノカミから授かった、詔(みことのり)を伝える。
『お前が支配している(原文:宇志波祁流)葦原の中国は、私の子が統治すべきと知らされた国である(原文:我御子之所知國)』
と、受け賜ってきた。お前の考えはどうだ?」

お気づきでしょうか?
タテミカズチ(かアマテラス)は、明らかに話を盛ってます。
タカギノカミ、つまりタカミムスヒは、4回目の派遣に関わってません。
関わってたら、詔は「私の子が統治する国である」ではなく、「私たちの子が統治する国である」と、複数形になるはずです。
オオクニヌシは答えます。

「私一人では決められない。私の子、八重言代主(ヤエコトシロヌシ)の神に聞いてみないと。
しかしながら美保の岬に釣りに行ったまま、まだ帰ってこないのだ」

そこでアメノトリフネを派遣し、ヤエコトシロヌシを連れてきたところ、ヤエコトシロヌシは答えます。

「恐れ多いことです。この国は、高天原の神の御子(原文:天神之御子)に差し上げます」

そう話すと船を踏みつけ、天逆手(あまのさかて)を打ち、船をひっくり返して、そこに隠れてしまいました。
タテミカズチは言います。

「事代主の神(コトシロヌシのこと)は、了承した。他に誰か、聞くべき子はいるのか?」

オオクニヌシは答えました。

「もう一人、建御名方(タテミナカタ)の神がいる。残るはこの子だけです」

あれっ、オオクニヌシには180神もの子供たちがいたのでは?
答えは既に出てますが後述。
するとタテミナカタが、大きな岩を抱えてやってきました。

「我が国で、こそこそ話してる奴は誰だ!」

タテミナカタは、タテミカズチの腕を取りました。すると、たちまちタテミカズチの腕は「氷のつらら」に変わりました。

「何だ!?」

改めてタテミナカタがタテミカズチの腕をつかむと、その腕は剣の刃に変わりました。

「今度は、こっちの番だ」

タテミカズチがタテミナカタの腕を取ると、あっという間に捻りつぶし、タテミナカタを投げ捨てました。

「これは敵わない!」

タテミナカタは逃げ出します。タテミカズチの正体、もうお分かりですね。
そう、タテミカズチは、アマテラスが高天原から送り込んだ液体金属型ターミネーター、T1000だったんです。

デデッデッデデン!
タテミナカタは信濃国の諏訪湖まで逃げます。が、ターミネーターは絶対諦めません。もちろん諏訪湖まで追ってきました。
タテミナカタは降参します。

「どうか殺さないでくれ。私は諏訪の地から決して出ないから。
芦原の中国は、高天原の神の御子に奉ります」

タテミカズチはここでタテミナカタを許すのですが、ここは神話のベールが掛けられてます。ターミネーターが情けをかけるものですか。
間違いなくタテミカズチは、タテミナカタを殺してます。
とにかくこれが、諏訪大社の起源。
タテミカズチは戻ってきて、オオクニヌシに問います。

「お前の子、事代主とタテミナカタの2神は、(葦原の中国は)天つ神の御子のものに違いないと言ったぞ。お前はどうだ?

Final Answer!」
オオクニヌシは、こう答えました。

「それでは葦原の中国は、差し上げましょう。
但し、私の住む所は、地底の岩に巨大な宮柱を撃ち込み、天つ神が過ごされている(原文:天津日繼)高天原まで届く神殿を造って治めて頂ければ、私は『百不足八十坰手』に隠れましょう。
また私の子である百八十神、すなわち八重事代主(ヤエコトシロヌシ)は、『神之御尾(かみのおみ)』の前に仕え奉ります」

ここ、国譲りのクライマックスシーン。
途中ですが、一旦区切って考察します。

考察:大国主の国譲り

これは、古代出雲歴史博物館に展示されている、古事記の原文(もちろん写本です)。棒線部が、

「私は『百不足八十坰手』に隠れましょう」

と書かれてる部分です。
まず「隠れる」。隠れたのは、ヤエコトシロヌシとオオクニヌシの2人です。
ヤエコトシロヌシは天逆手(あまのさかて)を打って、船をひっくり返して隠れました。
天逆手、つまり柏手を逆に打って隠れた。
これって死を意味してますよ。

ところが死んだはずのヤエコトシロヌシが、「神之御尾(かみのおみ)」の前に仕え奉ると書かれてある。死んだはずのヤエコトシロヌシが、何故仕えることができるのか?
説明不要ですね。
ヤエコトシロヌシ(八重事代主)。スサノオが詠んだ、日本初の歌を思い出してください。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」

「八重」とは、「なまら、たくさんの」という意味。
天逆手を打って海に隠れたコトシロヌシはオオクニヌシの子供の一人、「事代主の神」だけなんです。
他の大勢のヤエコトシロヌシは、「神之御尾(かみのおみ)」の前、つまり「高天原の神々の尻尾」に仕えた。但しヤエコトシロヌシは、この後一切出てきませんが、何か意味深ですね。

そしてオオクニヌシは、「百不足八十坰手」に隠れました。
オオクニヌシも死んだんです。
水木先生は、オオクニヌシが洞窟に監禁された姿を想像して、その「無念」を描かれてます。

私が「オオクニヌシが死んだ」と考えたのは、出雲大社の参拝儀礼。
オオクニヌシが祀られている出雲大社は、「2礼4柏手1礼」なんです。
一般の神社は、「2礼2柏手1礼」。
4は死、縁起のいい数字ではありません。
今でもあるでしょう。部屋番号が201号室/202号室/203号室ときて、次が205号室であるホテルやマンションが。

「4拍手は、幸せの4拍手です」

出雲大社でバスガイドさんの解説を聞いたことがあるが、どうもピンとこない。
現在でも「4拍手は昔からの習わし」と言うこと以外、正確な意味は分かってません。
私は、オオクニヌシ自ら「隠れましょう」と言ってることから、自決したように思います。ここから「4拍手は死拍手」と考えました。

コラム:アマテラスの天の岩戸隠れ
ちなみに「天の岩戸隠れ」、アマテラスも天の岩戸に隠れてしまいましたね。ここから、
「アマテラスも死んだ」
と解釈することができます。原文は「故於是天照大御神見畏(ここに於いてアマテラスは(スサノオの傍若無人ぶりを見て)畏れ) 、開天石屋戸而(天石屋の戸を開き)、刺許母理坐也(さしこもりました)」と表記されてます。

これを私は「アマテラスは天の岩戸に引きこもった」と意訳しました。つまり、アマテラスは天石屋に「隠れた」わけではない。
しかしながらアマテラスは、

「私が隠れて、高天原や葦原の中国は真っ暗になったと思ってたのに、これは一体…」

自ら「隠れた」と言ってました(原文:因吾隱坐而 以爲天原自闇亦葦原中國皆闇矣)。
また、策士オモイカネは、アマテラスが天の岩戸に隠れた時、「常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)」を集めて鳴かせました。常世で長く鳴いている鳥を集めたんです。

さらにアメノワカヒコが「返し矢」で殺されたとき、喪屋(もや)を作り、いろんな鳥を鳴かせましたね。もっと言うと死んだ後、白鳥となって飛び去って行く神様も、後で登場します。つまり、

「古事記における鳥は、死を意味している」

以上から、アマテラスも死んだと解釈できます。スサノオと誓約を行ったアマテラスと、天の岩戸から引っ張り出されたアマテラスは別の神様。
真相はどうなんでしょう?
はっきり言って、よく分かりません。判断材料が無いから。が、1つだけ思い当たったことがあります。

(1) 高天原におけるスサノオは、日本を取り巻く自然災害の象徴
(2) 葦原の中国におけるスサノオは、治水という自然災害へ立ち向かう人間の象徴

と解釈しました。アマテラスも同様、

(1) 天の岩戸に隠れる前のアマテラスは、日本を取り巻く太陽(自然環境)の象徴
(2) 天の岩戸から出た後のアマテラスは、天皇のご先祖様の象徴

このように「何を象徴している神様なのか」を考えると、アマテラスが隠れたことも納得できます。(1)と(2)、それぞれ別の「モノ」を象徴しているのですから。

要するに、アマテラスが死んだのかどうかは、ストーリー的にはどうでもいい。そもそもアマテラスが死んだと解釈したのは誇大解釈。常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)を集めて鳴かせたのが気になるが、私の考え過ぎなのでしょう。
「高天原の神様が死んだ」と明確に書かれている箇所は、アメノワカヒコ事件だけです。

しかしながら、葦原の中国のオオクニヌシが隠れた(=死んだ)という解釈は、間違ってないと考えてます。

コラム:出雲大社のしめ縄
ご存知の方も多いと思いますが、出雲大社のしめ縄は、一般の神社と逆なんです。
アマテラスが引きこもった「天の岩戸隠れ」の時、アメノタヂカラオがアマテラスの腕を取り岩戸から引っ張り出した後、フトダマが注連縄(しりくめなわ)を岩戸に張りましたね。その時、フトダマは、

「よし、これでアマテラスは岩戸に戻れないぞ」

と言いました。ここから注連縄には「結界」という意味があると考察しました。これはアマテラスが天の岩戸に再び戻れないように、結界を張ってます。ところが出雲大社のしめ縄は、それと逆の締め方。

つまり出雲大社のしめ縄は、大国主が外に出られないように張られていると考えることができます。神様を閉じ込めるしめ縄って一体…
後で考えてみましょう。

次に「天津日繼(あまつひつぎ)」。現在では「天津日継」と書き、皇位、または皇位継承を意味するようです。
古事記が書かれたのは奈良時代。いろいろ調べましたが、「天津日継」が皇位、または皇位継承を意味するようになったのは、奈良時代以降みたい。
そりゃそうです。古事記が日本最古の文章なのですから、それ以前のことは調べようが無い。

従って、古事記の「天津日繼」が皇位、または皇位継承を意味してたとは限りません。
(後世で古事記に基づいて、皇位継承と解釈した可能性が高い)
ここでは、
「天つ神が日々過ごされている」
と、意訳しました。
ここまでは言葉の解釈。本題はここから。2点あります。

「但し、私の住む所は、地底の岩に巨大な宮柱を撃ち込み、天つ神が過ごされている高天原まで届く神殿を造って治めて頂ければ、私は『百不足八十坰手』に隠れましょう」

その1:
「地底の岩に巨大な宮柱を撃ち込み、高天原まで届く壮大な神殿を造れ!」
スサノオが、オオクニヌシに言った言葉です。
そのまんまの言葉をオオクニヌシは、タテミカズチに言ってますね。
考えられることは、2つに1つ。

(1) オオクニヌシは、スサノオの言うとおりの神殿を造って無かった。
(2) オオクニヌシは、スサノオの言うとおりの神殿を造っていたので、古事記はそれを引用した。

もし(2)が正解だったら、古事記はこの部分に関してウソを書いてたことになります。
高天原まで届く神殿があったのですから、古事記は後付け。既に存在してた神殿に基づいて創作したことになりますね。
個人的にはオオクニヌシが、スサノオの言いつけに背いてたとは思えないんだけんどもがなあ…

その2:
「私は『百不足八十坰手』に隠れましょう」
百不足八十坰手、この解釈が大きなポイント。コトバンクによると、

(1) 百不足(ももたらず)とは「100に足りない数である80」の意
(2) 八十隈手(やそくまで)とは八十隈と同意、多くの曲がり角の意

まず(1)から、百不足とは80の枕詞であることが分かります。100に足りない80、当たり前の話だ。
問題は(2)。コトバンクで「八十坰手」を検索すると、「八十隈手」と変換されます。ふりがな文庫には「八十坰手:やそくまで」と、そのまま表記していますが、意味は解説されてません。

何故、八十坰手が八十隈手と変換されるのか?
犯人は日本書紀。書紀には「百不足之八十隅」と書かれてます。
おそらく日本書紀は、オオクニヌシは「多くの曲がり角を曲がった隅」に隠れたと解釈したのでしょう。つまりオオクニヌシは、どこか遠いところに隠れた。ここからもオオクニヌシは死んだと解釈できます。

しかしながら私は、古事記に書かれている「坰」という漢字が気になります。
「坰(ケイ)」は中国語。そこでGoogle先生の出番!
坰を中国語 → 英語変換するとenvirons。「周辺」という意味です。もしくはwilderness、「荒野」と返ってきます。日中辞典によると、昔の書き言葉で「郊外の野原」という意味。日本書紀に書かれている「隅」とは、意味が異なります。
コトバンクには「八十隈手(やそくまで)とは八十隈と同意」と書かれてましたね。それでは「手」を削除して解釈してみましょう。
「百不足八十坰」の意味は、

「そんなに遠くない荒れ地」

オオクニヌシは、すぐ近くに隠れたんです。
これが「八十坰」、8の10倍とだけ書かれてたら「遠い荒れ地」、根の堅州国に隠れたと解釈できるでしょう。ところがオオクニヌシが隠れたのは「百不足八十坰」。すなわち100に足らない80。何故「百不足(ももたらず)」という枕詞が付けられたのか?

それは決して根の堅州国ではない。隠れた(自決した)と言っても百には足りない、そんなに遠くない荒野にいるぞ!
これ、呪いの言葉ですよ。2礼4柏手1礼、日本一大きなしめ縄が逆。これらは大国主が「そんなに遠くない荒野」から戻って来れないようにするための儀式のような気がしてきました。
ちなみに「百不足八十」をGoogle先生で中国語→日本語変換すると「80未満」と返ってきます。