コノハナノサクヤヒメ

ニニギノミコトは笠紗(かささ)の岬で、麗しき美人に出会いました。それはそれは麗しき「べっぴんさん」。声を掛けないと失礼な話です。

「あなた、名前は?」
「私は大山津見(オオヤマツミ)の神の娘で、名前は神阿多都比売(カムアタツヒメ)、別名、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)と申します」
「結婚しない?」

どっかのヤリ〇ンと、根は同じですね。

「困りましたわ。私は何とも申し上げられません。私の父、大山津見(オオヤマツミ)の神に相談します」

オオヤマツミは大いに喜び、姉の石長比売(イワナガヒメ)を添えて、多くの貢物(=嫁入り道具)を送ってきました。
今コノハナノサクヤヒメと結婚すると、もれなくイワナガヒメも付いてくる!
神話の時代から、通販のような抱き合わせ商法は、あったんですねえ。
ところがイワナガヒメは、とても醜かった。はっきし言ってブサイク!

「ごめん、無理」

ニニギノミコトはイワナガヒメを送り返し、コノハナノサクヤヒメだけと結ばれました。

可愛いは正義!
古事記にそう書いてあります。
そこでオオヤマツミは言いました。

「イワナガヒメと居ると、天つ神の御子の命は石のように長く続きますのに。
そしてコノハナノサクヤヒメと居ると、木に咲く花のように繁栄されますのに。
ところがイワナガヒメを返され、コノハナノサクヤヒメだけと結ばれましたので、天つ神の御子の命は木に咲く花が散るように、限られたものになるでしょう」

こうして天皇も寿命がある、限られた命となりました。
要するに、イザナギ/イザナミ神話の焼き回しです。

「毎日、地上の人間1000人殺してあげる」
「ならば私は、毎日1500人の子供を産ませよう」

天皇は普通の人間ではありません。イザナギ/イザナミの範疇(はんちゅう)ではない。
そこで改めて、天皇にも寿命があることを謳い直してます。
ちなみに、ここで初めて「天皇命(すめらみこと)」、天皇という呼称が出てきます。

しばらくしてコノハナノサクヤヒメは、ニニギノミコトに言いました。

「できちゃった」
「えっ?」
「あなたの子供ができちゃった。間違いなく、あなた(=天つ神)の子よ」
「ちょ待てよ、1回しかやってないじゃんか!
そんなの国つ神の子に決まっている」

サイテーのヤローだな。1回でも中〇ししたんだろーが!
コノハナノサクヤヒメは返します。

「私が信じられないって言うの?
それならば、誓約に委ねましょう。
もしお腹の子が国つ神の子なら、無事に産まれないわ。
天つ神の子なら、無事に産まれるでしょう」

そう言ってコノハナノサクヤヒメは、戸の無い産屋を造り、その中に入って壁土を塗って、産屋を塞ぎました。
そして、まさに生まれようとした時、産屋に火を放ちます。

「ちょ、コノハナノサクヤヒメ!」

ゴウゴウと炎は燃え盛ります。その時、

「オギャア、オギャア!」
ニニギノミコトに産声が聞こえました。
炎の中から生まれたのは、火照命(ホデリノミコト:隼人族の祖先)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、火遠理命(ホオリノミコト)の3人です。
ちなみに末っ子のホオリノミコトは、「天津日高日子穂穂手見命(アマツヒタカヒコホホデミノミコト)」とも言います。
「高日子」と書かれているということは、何か特別な神様なのですね、分かります。

考察
この部分、稗田阿礼の「クセ」をよく表してます。
結論から言うと、特にホオリノミコトは、炎の中から生まれなければならなかったんです。天津日高日子穂穂手見命(アマツヒタカヒコホホデミノミコト)。この神様は、この後「山幸彦」と名前を変えます。
山幸彦こそ天皇の祖先、初代神武天皇のおじいさんになります。

前にホトから火を吹いて、死んだ神様がいましたね。我々人間を生んだイザナミです。
天皇の(祖先の)母親は、火の中から3人の神様を生みました。イザナミと対比させてるんです。

人間の祖先イザナミは火に焼かれて死にますが、天皇の祖先は火の中から生まれるフェニックス。こういう設定だから、コノハナノサクヤヒメは産屋に火をつけたんです。

くだらない理由でニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメを喧嘩させたのは、コノハナノサクヤヒメを密室の産屋に閉じ込めさせるため。そして、コノハナノサクヤヒメが産屋に火をつけたのは、炎の中から天皇の祖先を誕生させるため。

炎の中から天皇の祖先が生まれるという、結論ありきで創作されてるから、それまでの過程が雑。稗田阿礼は歴史家であっても小説家ではなかった。
稗田阿礼のクセが、改めて分かってきましたね。

山幸彦と海幸彦(その1)

火照命(ホデリノミコト)は海幸彦(うみさちひこ)として、いろんな魚を獲っていました。
火遠理命(ホオリノミコト)は山幸彦(やまのさちひこ)として、いろんな動物(鹿など)を獲っていました。
以降、ホデリノミコトを「海幸彦(うみさちひこ)」、ホオリノミコトを「山幸彦(やまのさちひこ)」と称します。
ちなみに二男の火須勢理命(ホスセリノミコト)は、登場しません。
3人生まれないと、験を担げませんからねえ。
稗田阿礼は3人にするため意味のないキャラ、ホスセリノミコトを創作したのでしょう。
ある時、山幸彦は海幸彦に提案しました。

「一度、お互いの道具(釣り針と弓矢)を交換して、仕事を交換してみないかい?」
「やだ」←子供か!
「一度やってみようよ、兄さん」
「やだ」←子供か!
「一回だけで、いいからさあ」
「やだ」←子供か!
「どうしてもダメ?」
「それじゃ、一度だけだからな」

山幸彦は釣り針を持って、喜んで釣りに出かけます。
ところが魚は一匹も釣れず、挙句の果て、釣り針を海に無くしてしまいました。

フンフフッフ~ン♪
山幸彦は、鼻歌交じりに帰ってきました。
海幸彦は問いかけます。

「魚は釣れたか?」
「山の幸も己がさちさち。海の幸も己がさちさち」
「いいから釣り針を返せ!」

フンフフッフ~ン♪
「だから釣り針を返せってばよ!」
「…無くしちった、(・ω<) てへぺろ」
「何だと、ゴルァ!」
「ごめん、兄さん」
「とにかく釣り針を返せ!」

山幸彦は御佩(みはかし)の十拳の剣を砕き、500本の釣り針を作りました。

「これで勘弁してくれよ、兄さん」
「やだ」←子供か!

今度は1000本の釣り針を作りました。

「これでお願い!」
「やだ」←子供か!
「Return to me the original hook!」←欧米か!
(オレの釣り針を返せ!)

山幸彦は泣きながら、黄昏の海辺に佇みます。その時、塩椎神(シオツチノカミ)がやってきて問いかけました。

「どうされましたか、虚空津日高(ソラツヒコ:原文まま)」
「実はかくかくしかじかで、兄の釣り針を探さなければならないのです」
「さようでございましたか。それならば、良い手があります」

シオツチノカミは隙間の無い、細かく編んだ竹かごの小船を造りました。その船に山幸彦を乗せて言いました。

「私が船を押し流します。そのまま行くと、味御路(原文まま)があります。
その道を進めば魚鱗で造られた宮殿、海神(ワタツミ)の神殿があります。
その門に着いたら傍らの井戸の上に、香りのよい木(原文:湯津香木(ゆつかき))があります。その木の上に居れば、ワタツミの娘が現れるはず。
そこで相談なさい」

お分かりでしょうか。
「隙間の無い、細かく編んだ竹かごの小船」、潜水艦です。
「魚鱗で造られた宮殿」、海底宮殿です。
ちなみにワタツミは、(省略しましたが)イザナギ/イザナミが生んだ、海の神様です。

山幸彦は教えられた通り、少し行きました。(そう遠くないところに行ってますね)
すると果たしてその通り、香木がありました。その木に登って待っていると、海神(ワタツミ)の娘、豊玉毘賣(トヨタマヒメ)の侍女が、井戸に水を汲みにやってきました。
侍女が玉器(たまうつわ)に水を汲もうとした時、井戸の水に光が映りました。

「何これ?」

香木の上を見ると、麗しき男がいました。山幸彦、かなりのイケメンだったようです。
山幸彦は侍女に声を掛けます。

「喉が渇いた。ちょっと水を飲ませてくれないかな?」
「どうぞ」

ところが山幸彦は水は飲まず、首にかけてあった美しい玉(原文:璵)を口に含んで、玉器に吐き出しました。すると玉は、玉器の底に引っ付きました。

「何これ、取れない!」

侍女は、そのまま玉器をトヨタマヒメに渡します。
ここ、唾を接着剤代わりにして、無理やり玉をトヨタマヒメにプレゼントしてますね。山幸彦が首にかけてあった玉、おそらく真珠でしょう。そして、プレゼントした相手が豊玉毘賣(トヨタマヒメ)。
この後の、何気ない伏線になってます。

トヨタマヒメは侍女に問います。

「この玉は…
ひょっとして、誰か来たのですか?」
「はい、井戸の上の木に人がいまして。それが、すごいイケメンですの!」

そこでトヨタマヒメは、イケメンを見に行きました。

「おや、いい女」
「あら、いい男」

またこのパターンか。
「お父さま、とっても素敵な方がいらっしゃいましたのよ」

ワタツミは自ら赴いて、イケメンを見に来ました。

「あなた様は天津日高(アマツヒコ:ニニギノミコト)の御子、虚空津日高(ソラツヒコ)様ですな!」

すぐに山幸彦を宮殿内に招き入れ、美智(=あしか)の皮を八重に畳んで敷いた上に絁(あしぎぬ:絹の織物)を八重に畳み敷き、その上に座って頂きました。
そして、百取机代物(ももとりのつくえしろもの:たくさんの机と供え物)に、ご馳走を準備して宴会を開きました。有無を言わさぬ結婚式です。

山幸彦と海幸彦(その2)

それから縁起のいいことに、3年の月日が流れました。
山幸彦は思い出しました。

「あっ!
そうだった、兄さんの釣り針を探さなければ…」

わざとらしい!
すぐに気付いたんだろうが、縁起を担いで3年暮らしたことにしたんでしょ、稗田阿礼さん?

「はあ…」

山幸彦は、ため息をつきます。
トヨタマヒメは、お父さんのワタツミに相談します。

「お父さま、山幸彦さまのご様子がおかしいのですが…」
「どのように?」
「お元気が無いのです」
「倦怠期じゃろう」
「その元気ではありません!!
お父さま、これには何か訳があるのでは?」

ワタツミの神は、山幸彦に問いかけます。

「娘がそなたのことを心配しておるんじゃが…
そもそも、そなたは何をしにいらっしゃった?」

ボケてんじゃねーぞ、じーさん!

「実は、かくかくしかじかでして…」
「そういうことでしたら、お任せ下され!」

ワタツミは大きな魚/小さな魚を集めて、問いました。

「お前たち、山幸彦が無くした釣り針を知らないかい?」
「そういえば、鯛くんが喉を詰まらせて、ものを食べられないとか」

ワタツミが鯛くんの喉を調べると、果たしてありました。
間違いなく海幸彦の釣り針!

ワタツミは、山幸彦に言いました。

「釣り針をお兄さんに返す時、
『この釣り針は、おほ釣、すす釣、まず釣、うる釣(原文:此鉤者淤煩鉤須須鉤貧鉤宇流鉤)』
と言って、後を向いて渡しなさい。
そしてお兄さんが高いところに田を作ったなら、あなたは下に田を作り、お兄さんが下に田を作ったなら、あなたは高いところに田を作るのです。
そうすれば私が水を送って(原文:吾掌水)、3年間お兄さんを貧乏にしましょう。
お兄さんが恨んで攻めてくれば、潮満珠(しおみつだま)を出して溺れさせるんです。
お兄さんが愁いてくれば、潮乾珠(しおひるだま)を出して命を助けてあげなさい」

こう言って潮満珠と潮乾珠という、2つの珠を渡しました。

満潮/干潮から創作してますね。奈良時代の人は、満潮/干潮を知っていた。月が影響していることは、知っていたのでしょうか?
もちろん知ってた筈。満潮(大潮)は、新月か満月の時に起こる現象ですから。
とにかくここで、山幸彦は「珠」をプレゼントされてますね。

山幸彦が帰る時がやってきました。
ワタツミは、鮫(原文:和邇魚)たちを集めました。

「山幸彦さまが、地上に戻られようとしておられる(原文:出幸上國)。
誰が何日で、お送りできるかな?」
「私なら一日で送り、すぐに帰って来れます!」

一匹の鮫が答えました。

「それでは、お前に任せよう。
但しスピードを出し過ぎて、山幸彦さまを怖がらせるでないぞ」

ワタツミは鮫の首に山幸彦を捕まらせ、送り出しました。

シュオォ――ン!!
ワタツミの言葉を聞いちゃいない。
鮫はフルスロットルで、山幸彦を地上に送り届けました。

「それでは山幸彦さま、ずいぶんとお達者で!」
「ちょっと待って鮫くん。お礼と言っては何だけど、これを受け取ってくれ」

山幸彦は、紐小刀(ひもがたな)をプレゼントしました。
このため鮫は、佐比持神(さひもちのかみ)と言うらしい。

「佐比(サヒ)とは刀剣や鋤(すき)の意で、サメの鋭い歯を畏怖(いふ)し、神格化したものである」(コトバンクより)

先に触れた、海に潜る海女の脅威は何でしょう?
もちろん鮫です。
稗田阿礼は、ここで鮫の怖さを謳ってますね。

「よう山幸彦、遅かったな」
「兄さんの釣り針、見つけてきたよ」
「どれ、早く寄こしな」

山幸彦は後ろを向いて、釣り針を渡します。

「この釣り針は、おほ釣、すす釣、まず釣、うる釣」
「なんだそりゃ?」
「単なるおまじないさ。それよりその釣り針、兄さんのでしょう?」
「お、おう」

果たして、ワタツミの言った通りになりました。
海幸彦は次第に貧乏になりました。

「海幸彦の奴め、あの時のまじないが原因か!」

海幸彦は山幸彦を襲ってきました。後はワタツミの言葉のコピペ。
山幸彦は潮満珠(しおみつだま)を出して、海幸彦を溺れさせました。

「…助けてくれ!」

山幸彦は潮乾珠(しおひるだま)を出して、助けました。

「まいった、これからは昼夜守護する人として、お前に仕えるよ」

考察:隼人と熊襲
隼人族の祖先(原文:隼人阿多君之祖、たくさんの隼人の祖先)が海幸彦と、古事記に書かれています。ちなみに「阿多郡(あたぐん)」という郡が鹿児島県にあったそうですが、おそらく古事記に因んだ地名。この地名は、そんなに古くない。
それより古事記に書かれている「隼人族」。調べてみると、

隼人(はやと)とは古代日本において、薩摩・大隅・日向(現在の鹿児島県・宮崎県)に居住した人々。
古く熊襲(くまそ)と呼ばれた人々と同じといわれるが、「熊襲」という言葉は『日本書紀』の日本武尊物語などの伝説的記録に現れるのに対し、「隼人」は平安時代初頭までの歴史記録に多数現れる。熊襲が反抗的に描かれるのに対し、隼人は仁徳紀には天皇や王子の近習であったと早くから記されている。
文献上の確実な史実として初めて「隼人」が登場するのは、『日本書紀』に見える682年(7世紀後半・天武天皇11年)7月の「朝貢」記事と考えられている。

服属後もしばしば朝廷に対し反乱を起こし、大隅隼人などは713年(和銅6年)の大隅国設置後にも反乱を起こした。720年(養老4年)に勃発した、隼人の反乱と呼ばれる大規模な反乱が征隼人将軍大伴旅人によって、翌721年に征討された後には完全に服従した。

熊襲とは、大和王権に服従しなかった九州南部の勢力のこと。後で古事記にも出てきます。
ニニギノミコトがコノハナノサクヤヒメをナンパした「笠紗の岬」、鹿児島県の野間岬と解釈されてます。

ニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメの間に生まれたのが、山幸彦/海幸彦。つまり山幸彦/海幸彦神話は、九州南部に住んでいた一族の分裂を表してます。
結果、山幸彦に代表される一族から天皇が誕生しました。
潮乾珠に象徴される、天皇に服従した隼人族もあったが、潮満珠に象徴される対抗した隼人族もあった。対抗した隼人族が「熊襲」。

古事記によると分裂した原因は、山幸彦が海底宮殿に行って、ワタツミの協力を得たことがトリガー(きっかけ)となってますね。
海底宮殿とは何か、もう少し古事記を読んでから考えてみましょう。
ところでウィキペディアに書かれてる「隼人族」、大変興味深い。

「文献上の確実な史実として初めて「隼人」が登場するのは、『日本書紀』に見える682年(7世紀後半・天武天皇11年)7月の「朝貢」記事と考えられている」

「朝貢」と書かれてるからには、天皇に服従してますね。

「服属後もしばしば朝廷に対し反乱を起こし、大隅隼人などは713年(和銅6年)の大隅国設置後にも反乱を起こした」

古事記が完成したのは712年。翌713年に、隼人族の反乱が起こってますね。

「720年(養老4年)に勃発した、隼人の反乱と呼ばれる大規模な反乱が征隼人将軍大伴旅人によって、翌721年に征討された後には完全に服従した」

720年は、日本書紀が完成した年です。
隼人族は「日本の正史」でdisられたことが、不満だったようですね。
それだけ記紀(古事記/日本書紀を合わせて『記紀』と言います)の内容が、衝撃的だったようです。
古事記に戻りましょう。