芦原の中国でオオクニヌシが国を大きくした頃、高天原のアマテラスは言います。
「芦原の中国(原文:豐葦原之千秋長五百秋之水穗國、豊かな葦原が永遠に続く水穂の国)は私の子、アメノオシホミミが治めるべきと知られた/知らされた国(原文:所知國)なのです」
ちょっと何言ってるか分からない。
誰にアマテラスの子が治めるべきと知らされたのか、何故アマテラスの子が治めるべき国なのか、理由が全く書かれてません。
ところでアメノオシホミミ、アマテラスとスサノオの誓約で出てきましたね。
スサノオがアマテラスの5つの勾玉を噛み砕いて、吹いて生まれた1番目の神様です。
「スサノオの息のかかった神様」を、アマテラスは自分の子と言っています。
ならば、誓約の時「アマテラスの息のかかった神様」、タキリビメ、タギツヒメ、イチキシマヒメという3人の女神様は、スサノオの子と言うことになりますね。
「例え相手の息がかかった神様でも、自分の持ち物から生まれた神様は自分の子」
ここ、大事な定義です。
アメノオシホミミは天の浮き橋に立ちました。天の浮き橋(あまのうきはし)、これも前に出てきましたね。
イザナギとイザナミが立って、「こうろこうろ」と芦原の中国の海をかき回した、天と地を結ぶ橋です。
アメノオシホミミは、
「芦原の中国は、大変騒がしい」
と言って、高天原から降りようとしません。
はっきり言って「ビビり」です。
そこでタカミムスヒとアマテラスは、天安河(あめのやすかわ)の河原に八百万の神々を招集しました。
タカミムスヒ、天地創造時2番目に対生成した神様でしたね。
そして天安河の河原はアマテラスの岩戸隠れの時、八百万の神々が集まって会議した河原。
かつて日本初のストリップショーを考案した、策士オモイカネは言いました。
「葦原の中国は私の子が統治すべきと、言われ賜れた国です(原文:言依所賜之國也)。しかしながら、この国に行く道には、荒ぶる国つ神たち等が多くいます(原文:此國道速振荒振國神等之多在)。どの神を遣わし、説得させましょうか?」

葦原の中国は私の子が統治すべきと、誰に言われた?
誰が決めた?
自分の子が統治すべきなら、自分の子を派遣すればいいじゃんか!
ところでここ、原文を読んで面白いことに気づきました。
| 速振荒振 | :ハヤ荒ぶりに荒ぶる |
| 速須佐之男 | :ハヤスサノオ |
「速」の意味が分りますね。
「速振荒振。とても荒ぶる」という意味でしょう。
北海道の皆さま、「速」とは「なまら」という意味だったんです。「なまら」とは、北海道弁で「とても/非常に」という意味。
「なまらスサノオ」、すごいスサノオという意味になります。何が凄いのか?
ここは何故スサノオ(須佐之男)だけ、音仮名なのかという謎と、何か関係がありそうです。とにかくなまら凄いから、イザナギがスサノオと会話する時だけ、「伊邪那岐大御神(イザナギノオオミカミ)」に変身したのでしょう。
それともう1つ、「国つ神(国津神)」。これは「葦原の中国の神様」を意味します。
これに対し、「天つ神(天津神)」。これは「高天原の神様」を意味します。
国つ神と天つ神、この後よく出てきます。
策士オモイカネは、八百万の神々と会議を続けます。結果、
「天菩比(アメノホヒ)を遣わすべきだろ、順番的に考えて」
アメノホヒ。スサノオがアマテラスの5つの勾玉を噛み砕いて吹いて生まれた、2番目の神様です。
そこでアメノホヒを遣わしたところ、3年経っても帰ってきませんでした。
タカミムスヒとアマテラスは、再び八百万の神々に問います。
「アメノホヒは帰ってきません。今度は誰を遣わせばよいでしょう?」
策士オモイカネは答えます。
「天津国玉(アマツクニタマ)神の子、天若日子(アメノワカヒコ)を遣すべきでしょう」
アマツクニタマ、初見の神様です。ここまでの神話で、どこにも出てきません。しかしながら天津国玉、高天原(天つ国)の玉、とても重要な役割を持った神様なのでしょう。
その子供であるアメノワカヒコは、天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)と、天之波波矢(あめのははや)という弓矢を持って、葦原の中国に向かいます。
ここも策士オモイカネの理屈がおかしい。
順番的に次に遣わせるのは、スサノオがアマテラスの5つの勾玉を噛み砕いて吹いて生まれた3番目の神様、天津日子根命(アマツヒコネ)であるべきです。
何故、初見の神様アマツクニタマの子供、アメノワカヒコを選んだ?
ところがワカヒコも、8年経っても戻ってきません。
ワカヒコはオオクニヌシの娘、下照比売(シタテルヒメ)と結婚し、出雲国を獲ろうとしていたのです。