原文の解析

はじめに書いたように、私は出雲で古事記の漫画を読み、全体のストーリーを把握しました。もちろん漫画だけでは情報不足です。そこで自宅に帰ってネット検索、古事記の原文を検索しました。結果、「国立国会図書館デジタルコレクション」のHPをはじめとして、様々なページで古事記の原文を見ることができました。
その他、ウィキペディアをはじめとして、古事記や日本書紀を解説しているページも数多くヒットします。

材料は揃いましたが、改めて原文を見てもさっぱり分からん。さて、どうするべえか…
古事記の原文は全て漢字で書かれ、句読点は一切ありません。そこでまず、古事記を解説しているページから「原文のどこを区切るのか」を調べました。区切りが分ってくると、

「ここは神様の名前か。ここは音仮名(≒ひらがな)か。ここは漢文、ここは日本語の訓読みか…」

仕分けてるうちに、次第に慣れてきました。が、漢文なのか日本語(訓読み)なのか、区別のつかない箇所も多い。そこで原文を「Google翻訳」で中国語 → 日本語変換、あるいは「コトバンク」で漢字の意味を確認、これを繰り返しました。漢文ならGoogle翻訳、訓読みならコトバンクで答えが出ます。しかしGoogle翻訳しても、コトバンクで調べても分からない箇所もありました。

…なるほど、そういうことか。

古事記が書かれたのは、1300年以上も前。今となっては使われなくなった言葉もあります。このような語句は、Google翻訳やコトバンクでは分からない。

そこで最終確認。私は「古事記 倉野憲司 校注(岩波書店)」を参照しました。文学者が訓み下した文章や原文が記載されています。倉野憲司先生は、原文に句読点を追記して下さっている。これで句読点の仕分けや漢文/訓読みの意味、音仮名で書かれた和歌の意味などを再確認しました。以降、この書を「倉野先生」と称します。

それでも完全には分からない箇所がありましたが、これは当たり前の話。古事記には、書いた人にも分からないことが書かれているのですから。

古事記の序文を思い出してください。稗田阿礼は帝紀/旧辞を誦習(=暗記)したんです。帝紀/旧辞に書かれていた言葉の意味を完全に理解していた訳ではない。さらに、同じく序文に書かれている太安万侶の「断り書き」にも、全ては書けないことが書かれています。

「(稗田阿礼が誦習したことを)詳細に記録しようと努めました。しかしながら、上古の時代(飛鳥時代以前の時代)は、今では使わなくなった言葉が使われ、文章化しようとしても、漢字を使うことは困難です。
漢字の訓読みで記述してみましたが、全て一致するようには表せません。また、全てを音仮名で書き連ねると、文章が長くなってしまいます。

従って、ある場合は一つの区切りの中に音読み/訓読みの両方を使用、またある場合は、訓読みだけを使用しました。
そして、言葉の理解が難しい場合は注をつけて分かるようにし、簡単な場合は、注をつけないこととしました。

また、姓『日下』を『(玖沙訶)くさか:音仮名』と読み、名『帯』を『多羅斯(たらし)』と読むような場合、従来通りに使用して改めないこととします」

お分かりでしょうか?
古事記を読む上で2つほど、重要な前提条件が書かれてます。

(1) 古事記が書かれた奈良時代でも、うまく表現できない昔の言葉があった
(2) 日下=玖沙訶、帯=多羅斯と読むように、同じものを表す場合でも、音訓2通りの表記を用いる

太安万侶は、

「漢字の訓読みで記述してみましたが、全て一致するようには表せません。従って、ある場合は一つの区切りの中に音読み/訓読みの両方を使用、またある場合は、訓読みだけを使用しました」

と宣言しています。つまり、
「音読み/訓読みの両方を使用するため、異なる漢字でも同じことを表す場合がある」
と言ってます。具体例を挙げましょう。古事記の中で、次のように書かれている神様がいます。

(1) 少名毘古那神(スクナビコナ神)
(2) 須久那美迦微(スクナビ神)

(1)と(2)、同じ神様です。神と迦微、同じ意味です。さらに少名毘古(スクナビコ)と須久那美(スクナビ)、これまた同じ意味。このように「多少の当て字の差異は気にすんな」と、古事記の序文に書かれています。

以上を踏まえて、古事記の原文を読んでみましょう。