宇佐神宮の建立者

ところで大分県宇佐市にある宇佐神宮。建立者は誰なんでしょう?
この人が居なければ、私は「夷振の歌」の真意にたどり着けませんでした。
第15代 応神天皇をここに祀ろうと考えた人は誰?

仮に「宇佐さん」と呼称しましょう。稗田阿礼は宇佐さんから、神功皇后の秘密(=応神天皇の出自)を聞いたのかもしれない。
宇佐さんは記紀を読んで、タイミングを見計らってました。時に西暦724年、日本書紀を奏上された元正天皇(げんしょうてんのう)は、皇太子(聖武天皇)に譲位します。
そこで宇佐さんは、天皇になったばかりの24歳、聖武天皇に奏上します。

「記紀に基づき実質的な初代天皇、品陀和気命(ホムタワケノミコト:応神天皇)を祀る神社を建立したいと考えますが、如何でございましょう?」
「よろし」

こうして725年、応神天皇生誕の地、北部九州(筑紫)に宇佐神宮が誕生しました。
その後「長屋王の変」という、長屋王と藤原氏の権力争いが起こりました。簡単に説明すると、実権を握っていた長屋王に藤原氏(藤原不比等の息子の4兄弟)が反発、

「長屋王が反乱を起こそうとしている」

という密告を受けて、長屋王の屋敷を包囲しました。
結果、長屋王は自決。自らが許可して長屋王を追い詰めたとはいえ、聖武天皇にとって自分の右腕(左大臣)に自決されたのは大ショック!

この事件、元々のトリガーは、聖武天皇が藤原不比等の娘、光明子(こうみょうし)を嫁にしたことです。2人の間に生まれた子供(=藤原不比等の孫)が、1歳になる前に亡くなってしまいました。そこで、

「長屋王が聖武天皇の子供を呪い殺した」

という噂が流れたらしい。これが結果的に「長屋王が反乱を起こそうとしている」ことになったそうです。噂を流したのは誰か、お察しください。聖武天皇、藤原氏に揺さぶられ続けた20代でした。

とにかく、聖武天皇の子供(=皇太子)を呪い殺した人は誰でしょう?
もちろん聖武天皇の子供が亡くなった時点では、長屋王は生存してました。そこで聖武天皇は、長屋王の屋敷を包囲させた。おそらく聖武天皇は長屋王に、

「お前が、私の息子を呪い殺したのか?
本当に、反乱を起こそうとしているのか?」

と、問い質したかったはずです。ところがその前に、長屋王は自決してしまった…
ほとぼりが冷めるのを待って、宇佐さんは再び聖武天皇に奏上します。

「品陀和気命だけではなく、御尊父も祀るのがよろしいかと」
「如何にして?」
「宗像大社に祀られている、田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神を祀るのです。
品陀和気命の御尊父は、宗像三女神が祀られる海北道中を渡って来られたのですから、宗像三女神を『比売大神』と抽象化して祀れば、御尊父を祀ることになります」
「よろし」
「それにつきまして、1つ提案がございます」
「何じゃ、申してみよ」

「宗像三女神の1人、田心姫神。古事記に書かれている多紀理毘売命(タキリビメ)のことです。
大国主とタキリビメの息子、アヂシキタカヒコネこと迦毛大御神が、天照大御神と和平を結んだのはご存知だったでしょうか?
天照大御神が和平を結んだ出雲国を、大和王権(=天皇家)が滅ぼしたのは、ご存知のことでしょうが…

迦毛大御神の母、タキリビメまで祟っているのかもしれません。
宗像大社は「海北道中」。海の道しるべとして三女神を祀ってますが、宇佐神宮は品陀和気命の御尊父、「血統」として祀るのです。意味合いが違います。
品陀和気命には真に失礼な話ですが、ここは出雲大社(=大国主)と同じく、

『2拝4拍手1拝』

にて、タキリビメを参拝するのが寛容かと。
死拍手をもってタキリビメ、ひいては大国主にも参拝の意義が伝わるかと考えます。
実を申しますと、品陀和気命の御尊父を祀るというのは表向きの口実です。品陀和気命のご子孫である天皇家への祟りを鎮める。すなわち、滾(たぎ)っているタキリビメを治めることに、真の意味があります。
何と言っても『長屋王の変』は、タキリビメと大国主の祟りなのですから!」

「なおよろし!」
後に奈良の大仏建立の詔を出すことになる、文武天皇の第一皇子聖武天皇、宇佐さんの言いなりです。

こうして宇佐神宮に比売大神が祀られることになりました。時に西暦733年のことです。
ちなみに、長屋王を自決に追い込んだ藤原4兄弟が天然痘で死去したのは737年。
「長屋王の祟り」が畏れられる4年前に、宇佐神宮に「比売大神」が祀られてます。仮に聖武天皇が長屋王の祟りを畏れたとしても、737年以降でなければ畏れることはできない。
そして西暦769年、

「みだりに皇位を求めてはならない。次期皇位継承者は我が父、聖武天皇の意向によって、自らが決める」

称徳天皇は内縁の夫、道鏡を天皇にすることは無かった。
その後、宇佐神宮に神功皇后が祀られるようになったのは823年。平安時代に入ってからです。ここにも「怨霊信仰」が絡んでそうですが、もういいや。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です