邪馬台国は、どこにあったのか?
数百年も論争して、いまだに決着がつかないことから、私は永遠に決着がつかないと思ってます。理由は前述した通り、邪馬台国の場所に関する記述はウソだから。
ウソに基づいて論争しても無駄、
無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁ~~!!
そもそも邪馬台国論争は、邪馬台国の場所だけの論争。海女とか持衰とか、魏志倭人伝に書かれていることに何故、
「弥生時代、海女は存在したのか、持衰は本当に存在したのか?」
論争が起こらない方が不思議に思います。
ちなみに魏志倭人伝には、
「其人壽考、或百年、或八九十年
(人は長生きと考えられ、百歳、あるいは八十~九十歳)」
と書かれてます。
繰り返しますが当時の平均寿命は50~60歳だったと、遺跡は語ってます。
魏志倭人伝に書かれている倭人の平均寿命に、なぜ論争が起こらない?
私的には、これこそ「春秋」という年の数え方で、2で割れば納得できるんですが…
とにかく、材料集めはここまで。
これまで調べた事項を基に、弥生時代終末期に何があったのか、考える時が来たようです。