戦術

倭国大乱は、剣や矛で敵を斬りつけ、弓矢で遠隔射撃する戦さだったようです。それを木の楯、木の鎧で防御する。兜はまだ無い。騎馬戦も無い白兵戦。
だからこそ、「戦術」が勝敗を大きく左右したはずです。倭国大乱に戦術はあったのでしょうか?

間違いなくあったはずです。卑弥呼が魏に朝貢していたということは鉄剣と同時に、その取扱い説明書である「戦術」も入っていたはず。
魏の戦術について調べてみると、Yahoo知恵袋にこんな記載がありました。

(1) 方陣(四角い陣形。進撃、攻撃の陣形)
(2) 円陣(野戦時の防御の体制)
(3) 疎陣(進撃の際のまばらな陣形。広範囲に広がり土煙を立てて大群に見せかける)
(4) 数陣(密集陣形。兵力を集中して突撃する際の陣形)
(5) 錘行之陣(先頭が細く後が広い三角形の陣。突破、割裂、粉砕にもちいる。「牡陣」ともいう。最強力の陣だが、実力雄厚でないと使えない)
(6) 雁行之陣(左右両翼が中央より前に出たV字型の陣形。相手を包み込んで捕捉殲滅する)
(7) 鉤行之陣(前面が横一線、両端が内側に折れた〔型の陣)
(8) 玄襄之陣(大攻勢を掛けようとしていると思わせる詐敵の陣。旗を多く立て、太鼓を叩き、馬や車を動き回らせる攻撃準備を見せかける)

倭国大乱時、このような戦術も倭国(九州)は実戦経験していたことでしょう。
仮に、魏から戦術が伝わって無かったとしても、

「戦に勝つにはどうすればいいか?」

倭国の戦士たちは、創意工夫して戦術を生み出していたはずです。

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