「ホームズ、何だいそれ?」
「ちょうどいいところに来たね、ワトソン君。
実は、ある資料が日本から送られてきたんだが、とても興味深い」
「資料?
東の果て、日本から資料が送られてきたのかい?」
「ああ、日本のヤヨイコウハンという時代の殺傷痕のある人骨が発掘されたので、検証して欲しいって言うんだ」
「ヤヨイコウハン?」
「我々が言うところの2世紀後半さ。
まずは君の領分だ、Dr. ワトソン。この頭蓋骨をどう見る?」
「…古くて、はっきりしたことは言えないが、20代から30代、女性の頭蓋骨だね」
「ありがとうワトソン君。おかげで、かなり見えてきた」
「ちょっと待ってくれホームズ。私には何も見えないんだが」
ホームズは、パイプをクルクル回しながら言った。
「そうだったね。それでは、はじめから説明しよう。
これは、日本の青谷上寺地という場所で発見された集落跡から出土した、人骨の一部なんだ。109体分の人骨が見つかり、その内10数人分の人骨に殺傷痕があったらしい」

「これを見たまえ。1本の肋骨に3カ所も傷が入っている」
「これは一体?」
「おそらく、鉈(なた)のような太い剣で斬られた肋骨だ。それから銅鏃(どうぞく:青銅製の鏃(やじり))が、真横から刺さった骨盤も発掘されている」
「これは戦闘だ。争った跡だね!」
「そうとは限らないさ。一方的な虐殺だった可能性もある」
「虐殺?」
「はじめの頭蓋骨を見たまえ。ほぼ正面に傷があるだろう?
戦闘状態で真正面から、頭蓋骨に剣が突き刺さることは、まず考えられない」
「と言うと?」
「少なくともこの女性は、身動きが取れない状態だったんだ。掴まれたり、縛られたりした状態でね。
その状態で、おそらく鎌のような道具で正面から突き刺されたんだ」
「それって、処刑されたってことなのかい?」
「まず間違いないだろう。傷口は、この1カ所だけなのだから」
ホームズは椅子から立ち上がり、霧に包まれたベーカー街を見下ろしながら言った。
「他の骨はもちろん、戦闘中に傷ついた可能性もあるが、おそらく違う。
銅鏃が真横から刺さった骨盤があったね。戦闘中に真横から矢が飛んでくるものか。
味方に矢が刺さる可能性があるじゃないか」
「分かったよホームズ、これは襲撃だ。その集落は、異民族からの襲撃を受けたんだ!」
「ボクも最初はそう考えた」
ホームズは、マントルピース(暖炉)横に吊るされたペルシャ製のスリッパからタバコを取り出し、パイプに詰めて火をつけるとこう言った。
「だが、どうも違う。資料を整理してみよう」

「発掘された109体の死亡年齢だ。老若男女問わず、15~60歳にわたって分布している。
15歳未満の人骨が見つからないことに特長がある。
異民族の襲撃を受けたら、子供の骨も見つかるはずだ。だが遺跡には、それが無い」
ホームズは「青谷上寺地遺跡4」と書かれた資料をパラパラとめくり始めた。
日本語で書かれた資料を、よくすらすらと読めるものだ。
「それに人骨が見つかった場所が興味深い。
ヤヨイの人骨は、墓に埋葬された状態で出土するのが一般的らしい。
ところが109体分の人骨は、人工的に造られた溝からバラバラに散乱した状態で発見されたんだ。
そして人骨が発見された溝は、3度にわたって護岸工事が行われたんだが、2度目の工事後に人骨が発見されている。
つまり109人の死体を無造作に捨てた後に、3度目の護岸工事が行われたんだ。
これをどう考える?」
「だから異民族が襲撃して、その集落の人々を溝に放り投げたんだろう」
「だとすると、3度目の護岸工事を行うことはできないさ」
「えっ?」
「考えてもみたまえ、異民族がこの集落を襲撃する目的は何だ?」
「その集落の文化を奪うことが目的だろう。食料とか道具とか、生活環境とか…」
「その通り。だが技術は奪えない」
「どういうことだい?」
「征服した異民族じゃ溝の護岸工事、治水は行えないってことさ。この集落が異民族に制圧されたとしたら、必ず異文化の特性が入る。
ところがこの集落は、何事も無かったように3世紀後半まで存続したんだ。
事実、人骨の上の土壌から、それまでと同型の土器が発掘されている」
「分かった。異民族の襲撃を受けたこの集落の人たちが、逆に異民族を駆逐したんだ」
「それこそあり得ないさ。老人や女性たちも襲撃してきたと言うのかい?」
「さっぱり分からないよホームズ。それじゃ、何だってんだ?」
「僕のやり方を忘れたのかい?
絶対にありえないことを削除したら、残されたものが真実なんだ。
虐殺はこの集落内で行われたことになる」
「そんなバカな!
いくら内乱があったからといって、同じ集落の住民を溝に捨てるなんて考えられるか!」
わたしは思わず立ち上がった。
ホームズはタバコを吹かしながら、目を閉じて言った。
「1つだけ条件を付ければ、その謎は解ける」
「条件?」
「処刑された女性が、『巫女』だったと仮定することさ」
「巫女?
何だい、それ?」
「神に仕える女性、神の言葉を伝えるのが巫女。一族のリーダーのことだ。
日本では『ヒミコ』という巫女が有名らしい。
そのような巫女が処刑されたんだ。その一族が虐殺されても不思議じゃない」
「どういうことだ、それでも同じ集落の住民を溝に捨てるなんて信じられない」
タバコを吸い終えたホームズは吸殻を暖炉に投げ捨て、その細くて長い指を擦り合わせながらこう言った。
「クーデターだよ、ワトソン君」
「クーデター?」
「いわゆる政権交代だ。野党の巫女が与党の巫女にクーデターを起こしたとしたら、どうなる?」
「あっ!」
「当然争いが起こるだろう。結果、敗北した巫女は処刑され、その一族は虐殺、溝に無造作に葬られた。
もっとも、クーデターが成功して与党の巫女が処刑されたのか、クーデターに失敗した野党の巫女が処刑されたのかまでは分からないがね」
「きっとそれだよ、ホームズ!
それで15歳未満の子供たちの人骨が無いのも納得できるよ!」
「そう、選挙権のない子供たちには何の関係も無い話だ。
それにしてもワトソン君、ロンドンで起こる事件を解決するのがボクの仕事なんだが、まさか日本で大昔に起こった事件に関わるとは、思ってもいなかったよ。
まあ、これはボクの日本へ対する、ささやかな恩返しさ。
何と言っても日本の柔術(原文:baritsu)を会得してなかったら、ボクは今頃モリアーティ教授に、ライヘンバッハの滝つぼに突き落とされてた身なんだからね」
ホームズに推理して頂いたおかげで、思わぬ副産物がありました。
それは弥生時代の平均寿命。
大体50~60歳くらいですね。現在のような、少子高齢化社会と同じ感覚で考えるわけにはいかない。
それでは古事記に戻りましょう。
出雲神話が終わった後、天孫降臨編に移ります。