それでは、どうやってオオクニヌシは国を(大きく)造ることができたのでしょう?
古事記には、いろんな国のお姫様をナンパして国造りを行ったと書かれてます。
それは決して暴力的な国造りではない。武力で制した国造りでは無かったと、古事記は語ってます。
ならば、オオクニヌシの国造りの武器は何?
何を武器にしてオオクニヌシは国を大きくした?
出雲神話、一発目の物語はヤマタノオロチ退治で始まりましたね。
この神話は、斐伊川の治水のことだったと解釈しました。
これを基準として考えてみましょう。
「基準」とすることは、「ヤマタノオロチ退治は斐伊川の治水だった」ということを前提とするわけ。
もし、ヤマタノオロチ退治が斐伊川の治水の象徴ではなかったとすれば、以下の考察は全て間違ってることになります。
間違ってるかどうかは、以降をお読みになって、あなた自身でご判断ください。
日本の暴れ川は、斐伊川だけではありません。
北陸の神通川/九頭竜川、信濃の信濃川、大阪の淀川、五月雨を集めて早し最上川、越すに越されぬ大井川等々。
日本の全ての川が、「暴れ川」と言っても過言ではありません。
これらの暴れ川を斐伊川の治水で培ったノウハウ(技術)を基に、オオクニヌシが全国の治水を行ったとしたら、どうでしょう?
例えば北陸の神通川/九頭竜川の治水を、オオクニヌシが「命がけ」で行ったとします。
命がけ。弥生時代の治水は、文字通り「命をかけて」行われたはずです。
思い出してください。あのスサノオが、命をかけてヤマタノオロチを退治したことを。
そしてスサノオから、命をかけて学んだオオクニヌシの姿を。
オオクニヌシは命がけで越の国、神通川/九頭竜川の治水を行いました。
そして、ヌナカワヒメ(沼河比売:沼と川の姫)に声をかけます。
「これで、この川の氾濫も抑えられるだろう。
ところでこれは管玉と言ってね、ボクの地元で採れた碧玉で造ったネックレスなんだ。
きっと、君に似合うと思うよ。
髪を掻き上げて、後ろを向いてごらん。
ボクが君の首にかけてあげよう」
こんなことを言われたヌナカワヒメはどうなります?
「ステキ、抱いて!」
こりゃモテるぞ!
オオクニヌシは決して、単なる「チャラ男」ではなかった。ましてやネックレスをプレゼントするだけの「ミツグ君」でもない。
武力ではなく、治水で国を造ったオオクニヌシ。これは尋常なことではありません。
毎年氾濫する川を3年に一度、氾濫することにしただけでも、その土地の穀物の生産性は3倍になります。5年に一度の氾濫にすると5倍。
「オオクニヌシ様、おかげさまで今年の収穫は、今までにないものになりました。
どうぞお納めください」
冷蔵庫の無い弥生時代、あり余る穀物を収穫した土地は、進んでオオクニヌシに穀物を献上したことでしょう。あるいは、
「オオクニヌシ様の地元、斐伊川が氾濫した。お助けしなければ」
全国から、救援物資が出雲に運ばれたことでしょう。
さらには、
「大阪の淀川が氾濫した。急いで救援物資を送らなければ」
出雲からだけではなく、全国から大阪に食料や衣服が届きます。要するに、
「出雲 対 各地」、1対nの関係ではなく、
「各地 対 各地」、n対nの関係も、容易に想像できます。
全ては全国の治水を命がけで行った、心優しいオオクニヌシのおかげなのですから。
そんな国を「譲れ」と言ってきた神様がいました。
出雲神話は、ここから「国譲り編」に移行します。