古事記は、オオモノヌシが三輪山に祀られた後、大年神(オオトシノカミ)の子供達が紹介されています。大年神は、スサノオと神大市比売(カムオオイチヒメ)の間に生まれた神様です。スサノオがヤマタノオロチから助けた、クシナダヒメの子孫がオオクニヌシ。同じスサノオの子孫でも、母系が違います。
大年神の子供は16神。この中に羽山戸神(ハヤマトノカミ)という神様がいます。
この後、ハヤマトと大気都比売(オオゲツヒメ)の間に生まれた子供、
| 彌豆麻岐神(みづまきのかみ) | :水撒き、灌漑の神 |
| 夏高津日神 (なつたかつひのかみ) | :夏の高く照る日の神 |
| 秋毘賣神(あきびめのかみ) | :秋の女神 |
| 久久年神(くくとしのかみ) | :穀物の茎が伸びる神 |
など、8神が紹介されてます。コトバンクで調べて間違いないと思われる、4神だけ紹介しました。
オオゲツヒメ、スサノオに斬り殺されたスカトロの神様でしたね。4回目の登場です。その神様が、ハヤマト(=スサノオの子孫)の嫁になっています。どうやらオオゲツヒメは、ゾンビの神様でもあるようです。オオクニヌシも2回死にましたね。つまり、
「国造りにおける『死』は、我々が認識する『死』ではない。
『生命の回復』という意味を持っている」
とにかく、五穀誕生の神様オオゲツヒメの子供達ですから当然、五穀豊穣の神様たちが生まれました。このようにオオクニヌシの国造りの結果、人々の暮らしが豊かになったことが神格化されているようです。
ところでオオクニヌシと大年神、何の関係があるんだ?
何故、唐突に大年神の子供たちが書かれている?
おそらく、大年神と伊怒比賣(イノヒメ)の間に生まれた最初の神様、「大国御魂神(オオクニミタマノカミ)」が紐付けています。
オオクニミタマ、オオクニヌシの魂と解釈できますね。倉野先生によると「国の神霊の意」。さらに「神様の魂を生む」と書かれているのはここだけ。
「あれっ、オオクニヌシの魂はオオモノヌシで、三輪山に祀られたんじゃないの?」
三輪山に祀られたのは、日本書紀によるとオオクニヌシの「幸魂/奇魂」。神道では、もう一つ、「荒魂(あらたま)」という魂の概念があります。荒魂、文字通り「荒ぶる魂」。
後で紹介しますが、日本書紀には、倭大国魂(ヤマトノオオクニタマ)という記述があります。奈良県天理市にある大和神社の祭神が倭大国魂。これがオオクニヌシの荒魂とされてます。
古事記ではオオクニミタマ。日本書紀のように、幸魂/奇魂/荒魂という区別はありません。大年神の子供がオオクニヌシの魂、国の神霊。ズバリ大年神こそ、オオクニヌシが奈良盆地東の山の山頂に祀った、名前も分からない神様です。
原文では、正体不明の神様が三輪山の山頂に祀られた直後に、こう書かれています。
「故其大年神 娶神活須毘神之女伊怒比賣 生子大國御魂神」
(よってその大年神はカムイクスビノカミの娘、イノヒメを娶りました。2人の間に生まれたのがオオクニミタマノカミです)
「故其大年神(よってその大年神)」。故其、「故にその」と書かれてますね。前文に掛かってます。前文は、
「これが、御諸山(みもろやま:三輪山のこと)の山頂に鎮座される神様です」
正体不明の神様が三輪山の山頂に祀られた直後に、こう書かれてるんです。原文を素直に読むと、大国主が大和を取り囲む、山々の東の山の上に祀ったのは大年神としか解釈できません。その最初の子供が大国御魂神(オオクニミタマノカミ)、すなわち大国主の魂である大物主。
とにかくオオクニヌシは、巨大な「五穀豊穣の国」を造ったことが、(大年神の子孫を羅列することで)書かれてます。それも大年神を三輪山の山頂に祀ったから。
どうやらオオクニヌシは三輪山とその麓、奈良盆地によほど執着があったようです。その結果、温暖な近畿地方が急速に五穀豊穣の地に発展したのでしょう。