大国主の国造り

コラム:大国主の試練
このようにスサノオは、自分の子孫であるオオクニヌシを鍛え直したのですが、何故このような神話が創作されたのでしょう?
スサノオがオオクニヌシに与えた試練を整理すると、

(1) 蛇の部屋で寝かせた
(2) ムカデと蜂の部屋で寝かせた
(3) オオクニヌシを広野に呼び、炎で囲んだ

蛇/ムカデ/蜂、全て毒を持った生物です。これらの生物に噛まれたり刺されたりすると、命に関わります。今でこそ解毒剤や血清がありますが、弥生時代や奈良時代、どのようにして毒に対処したのでしょうか?

調べてみましたが、古代の毒の対処法に関しては不明。全く分かりませんでした。しかしながら蛇に噛まれたり、ムカデや蜂に刺された箇所を布で縛って、毒が全身に回ることを防ぐことくらいはしたはず。そのような毒に対して、オオクニヌシは苦も無く布を3度振って対処してます。

そしてスサノオは、広野に火を放ち、オオクニヌシを火で囲みました。その時オオクニヌシは、ほら穴に落ちて火が治まるのを待った。
私は「ドリーネ」を連想しました。ドリーネとは、石灰岩で形成されたカルスト台地の地下に、水の浸食によって空洞(鍾乳洞)ができ、地面が崩落して生ずる窪地のこと。ドリーネを踏みつけて空洞に落ちると、これまた命に関わります。山口県美祢市秋吉台に広がる広大なカルスト台地に、ドリーネが数多く存在します。秋吉台とその周辺からは、縄文時代や弥生時代の土器/石器が発見されています。

そして野焼き。植生を目的に、野山を焼き払うことです。「焼き畑農業」をご存知でしょうか?
作物栽培を短期間おこなった後、その土地の現存植生を焼却することによって整地、自然の遷移によって、その土地を回復させます。そして休閑期間を経て再利用する、循環的な農耕のこと。縄文時代から続く、伝統的な農業手法です。

ヒエを育て収穫した後、野焼き。しばらくしてアワを育て収穫。野焼きの後にソバ/ダイズ/アズキなど、同じ土地で様々な農作物を収穫する手法。今でも宮崎県などで見られます。秋吉台のカルスト台地では、今でも野焼きが行われてます。但し、現在の秋吉台の野焼きは、農業目的ではありません。景観保全のためですが。

大国主の試練は、このような奈良時代における人間の脅威と、対処方法に基づいて創作されたのではないでしょうか?
こう考えると、スサノオが象徴する「モノ」について、面白いことが分かります。

(1) 高天原におけるスサノオは、日本を取り巻く自然災害の象徴
(2) 葦原の中国におけるスサノオは、治水という自然災害へ立ち向かう人間の象徴
(3) 根の堅州国におけるスサノオは、人間を死に誘う危険の象徴

これまた仏教の言葉を借りれば、スサノオは天界/人界/地獄界という、それぞれの世界観を象徴していますね。

コラム:黄泉の国と根の堅州国
この2つの世界観に、1つだけ違いがあることに気づきました。
黄泉の国のイザナミは、身体に蛆(うじ)が集ってましたね。イザナミの肉体は滅んでます。ところが根の堅州国のスサノオは、肉体が滅んでない。

(1) 根の堅州国は、死んでも魂と肉体が存在している世界
(2) 黄泉の国は、死んで肉体が滅び、魂だけが存在している世界

このような奈良時代における、死後の世界観を区別しているのかもしれません。
「黄泉の国は、根の堅州国のさらに深部にある」
のかもしれませんね。
いずれにしろ、地上(芦原の中国)への出口は、黄泉比良坂(よもつひらさか)がある出雲だけです。
ところで以前スサノオは、

「根の堅洲国にいる、亡き母に会いたいのです」
「あのような、穢らわしいところに行きたいと言うのか?」

と、伊邪那岐大御神(イザナギノオオミカミ)と会話してましたね。この伏線は回収されました。根の堅洲国という「穢れた死者の国」に行きたいという目的は成し遂げてます。
そして、スサノオが亡き母に会えたかどうか定かではありませんが、スサノオの言葉を信じる限り、イザナミはスサノオの母。

すなわちスサノオは、アマテラスやツクヨミという「神」ではなく、イザナミから生まれた「人間」ということになりますね。だから死ぬことができる。死んで根の堅洲国という、「穢れた死者の国の主」となることもできました。
本件に関しては、最後に改めて考察します。

ところでオオクニヌシには、ヤガミヒメという嫁がいましたね。
ヤガミヒメは、もちろん出雲へ来てたのですが、正妻のスセリビメを畏れて、生まれた子を木の又に挟んで帰ってしまいました。

この部分、ちょっと気になります。
以前オオクニヌシは、木の又に挟まれて死んでしまいましたね。それと同じことをヤガミヒメは、オオクニヌシとの子供に行ってます。ひょっとして、ヤガミヒメはオオクニヌシの子供を殺して帰った!?
ヤガミヒメは因幡の国のお姫さまでしたね。つまりこの部分は、因幡国と出雲国の分裂を意味しているのかもしれません。

とにかくオオクニヌシの国造りは止まりません。留守をスセリビメに任せて、次から次へと領土を広げていきます。その方法は、

ナンパ!
各地のお姫様を、次々と嫁にしていきます。
オオクニヌシは、別名「八千矛(やちほこ)の神」とも呼ばれます。矛の意味はお察しください。
八千矛神は、越の国(北陸地方)の沼河比売(ヌナカワヒメ)に求婚しようと出かけます。ヌナカワヒメの屋敷に到着したヤリ〇ンは、歌を詠みます。
歌の原文は、かなり長くてエロい内容。訳すと、本書は官能小説になってしまいますので、ここは水木先生から引用します。

「妻がいながら 越の国に 賢く美しい 女がいると 聞いてきた…」

それに対してヌナカワヒメは、戸を開けず、家の中からこのように返しました。

「緑濃い山に 日が暮れたならば 射干玉(ぬばたま:黒い/暗い)の夜に おいでください…」

深夜に夜這いをかけろと言ってますね。
翌日の夜(=翌日未明)、八千矛神とヌナカワヒメは結ばれました。

出雲で待っているスセリビメは、たまったものではありません。嫉妬は増す一方。
出雲に戻った日子遅神(ひこちのかみ)は、スセリビメに詫びます。

「正直スマンかった」

一方で大和の国(原文:倭国)に行こうと、装束を整えます。
そして片手に馬の鞍をつかみ、片足をその鐙(あぶみ)に踏み入れながら、スセリビメに別れの言葉を詠みました。
結論から書きましょう。この後、八千矛神とスセリビメは歌を詠みあい、愛を確かめ合います。結果、八千矛神は出雲の地に留まるのですが、歌を訳すとこれまた官能小説になるので省略。

それより、出雲を旅立とうとする八千矛神にご注目ください。ここだけ「日子遅神」と書かれてます。
日子遅(ひこち)、音仮名ですね。「秘胡地」と当てると、どうでしょう?
前後から判断して、秘胡地は、

「秘密の未開の土地」

という意味になります。あるいは(少々ネタバレになりますが)、

「日の子が遅れてやって来た土地、日子遅」

以上からオオクニヌシは、当時は未開の地であった奈良地方への移住を考えていたと推測します。
倭国/大和国、どちらも「日本」を意味します。奈良の地(橿原)が、大和王権発祥の地であることはご存知の通り。
しかしながら、どうやら弥生時代、奈良盆地は未開の土地だったようです。

ちなみに弥生時代に馬はいません。日本に馬や牛が入ってきたのは遺跡から判断して、早くて古墳時代と推定されています。
ここからも日本神話は、奈良時代に創作されたことが分かります。

さて、古事記にはこの後、オオクニヌシの嫁や子供たちが書かれています。その子供たちは、180人(百八十神)もいたらしい。これが「八千矛神」たる所以(ゆえん)。

全ての嫁や子供たちを紹介すると、長くなるので省略。
ところで省略した嫁や子供のうち何人か、後で重要な役割を持つことになる神様がいます。この神様たちも、その時が来たら紹介します。
実際、私がその重要性に気づいたのは、最後の最後でした。

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