第10代 崇神天皇の娘、豊鉏入比売命(トヨスキイリヒメノミコト)は、伊勢大神(イセノオオカミ)の宮を礼拝しました。
第11代 垂仁天皇の娘、倭比賣命(ヤマトヒメノミコト)は、伊勢大神の宮を礼拝しました。
「伊勢大神の宮」とはもちろん、アマテラスが祀られている伊勢神宮のことです。
伊勢神宮に関しては、古事記にはこれだけしか書かれてません。
が、日本書紀が補ってくれます。それによると、
| 垂仁天皇は、天照大神(アマテラスオオカミ)を豊耜入姫命(トヨスキイリビメノミコト)から離し、倭姫命(ヤマトヒメノミコト)に託しました。ヤマトヒメは、アマテラスが鎮座する場所を求めて、菟田(うだ)の筱幡(ササハタ)に来ました。 (菟田、古事記では「宇陀」と書かれてましたね) そこから引き返して近江国へ入り、さらに東の美濃を廻って伊勢国に至りました。 その時アマテラスは、ヤマトヒメに言いました。 「神風が吹く伊勢国は、常世の国からやってくる波が幾重にも寄せては返る国です。傍国(かたくに:大和の傍の国)ですが、とても美しい国。私はこの国に居たいと思います」 そこでヤマトヒメは、五十鈴川の川上に磯宮(いそのみや)を建てました。これがアマテラスが降臨した地、伊勢神宮です。 |
伊勢神宮の公式HPによると、アマテラスは近江や美濃を廻って、14回も引っ越したそうです。短期間でも居た14カ所を「元伊勢」と言うらしい。
何故アマテラスは、14回も引っ越したのか?
「舎人親王の奴、オレたちがぼかしてたことをバラしやがって…」
稗田阿礼と太安万侶は、苦笑いしたことでしょう。
アマテラスの引っ越しの理由に気づいた時、私は思わず笑ってしまいました。
お引っ越しの理由、頭を白い紙にすれば分ります。
勝者の論理を削除して、大和王権が成立したばかりの時代にタイムスリップしてみてください。そこに伊勢神宮は無い。天皇(大王)が誕生したばかりの時代です。
従って、天皇陛下を敬う気持ちも無い。起立して「君が代」を斉唱する、日本人の普通の感覚も無い。
そうして大和王権成立時の、近畿地方に住んでいた人たちの気持ちになってみれば、答えが出ます。
「九州からやって来た侵略者の神様を祀る場所なんて、ここには無いよ」
「オレたちはオオクニヌシさまに、お世話になったんだ」
「そうそう、好色な方だったけど、私たちの土地を豊かにして下さった方だよ」
「そんなオオクニヌシ様の出雲国を、あんたらは滅ぼしたんだって?」
「おまけに、ナガスネヒコ様まで殺してしまうなんて」
「あんたらの顔も見たくないよ」
「帰った、帰った!」
「悪いな、他をあたってくれよ」
「逝ってよし!」
「もう止めて、アマテラスのHPはゼロよ」
と、名乗りを挙げたのが三重の地。初代神武天皇が上陸した地でした。
「三輪」と「三重」。共に縁起のいい3。共通の謂れがあるのかもしれませんね。
ところで何故、崇神天皇はアマテラスを引っ越させたのでしょう?
これまた日本書紀が、一部をバラしてくれてます。
| 第10代 崇神天皇の時代、アマテラスと倭大国魂(ヤマトノオオクニタマ)は、天皇が住む宮殿に並べて祀っていました。すると、この2神の勢いを畏れ、共に住むのは不安になりました(原文:然畏其神勢共住不安)。 そこでアマテラスをトヨスキイリヒメに託して、倭の笠縫邑(かさぬいむら:奈良県磯城郡田原本町あたり)に祀りました。そこに磯堅城神籬(しかたきひもろぎ:一時的な神社)を立てました。 一方ヤマトノオオクニタマは、渟名城入姫(ヌナキノイリヒメ:崇神天皇の娘)に祀らせました。しかし、ヌナキノイリヒメは髪が抜け落ち、痩せ衰えて祀ることが出来ませんでした。 |
日本書紀では、ここでオオモノヌシが登場します。崇神天皇に、
「大田田根子に、わしを祀らせるのじゃ」
と言うのですが、それだけではありません。倭迹速神浅茅原目妙姫(ヤマトトハヤカムアサジハラマクワシヒメ)ら3人が、同じ夢を見ます。
「大物主と倭大国魂、それぞれ大田田根子と市磯長尾市(イチシノナガオチ)に祀らせるよう告げられました」
倭迹速神浅茅原目妙姫(ヤマトトハヤカムアサジハラマクワシヒメ)、箸でホトを衝いて死んだ倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)と解釈されてます。夢のお告げを奏上してますからモモソヒメは、やはり崇神天皇に仕えた巫女ですね。
まとめると日本書紀には、「大物主に加えて倭大国魂(ヤマトノオオクニタマ)も畏れた」と書かれてます。
倭大国魂、奈良県天理市にある大和神社の祭神です。一般的に、オオクニヌシの荒魂(あらたま)とされています。調べてみると、
| 荒魂(あらたま) | :神の荒ぶる魂 |
| 和魂(にぎたま) | :神の優しく平和的な側面 |
和魂はさらに、幸魂/奇魂(さきみたま/くしみたま)の2つに分けて定義されます。つまり大国主(オオクニヌシ)の、
(1) 荒魂は、大和神社に市磯長尾市(イチシノナガオチ)が祀った
(2) 和魂(幸魂/奇魂)は、三輪山に大田田根子(オオタタネコ) が祀った
こうして崇神天皇は、畏れるオオクニヌシの魂を祀りました。これは納得。
しかしながら何故、ご先祖様であるアマテラスまで畏れたのでしょう?
傍で祀ればいいのに、14回も引っ越させることになっても、何故アマテラスを遠ざけたのでしょうか?
結果的に大国主の魂が祀られた奈良の地より、はるかに遠い伊勢の地にアマテラスは祀られてます。一体何故?
いろいろ調べたのですが不明、全く分かりませんでした。
仕方がない。本件は宿題として、後で考えることにしましょう。