熊野

イワレヒコ達は紀伊半島を迂回、熊野の村(三重県南部)に到着します。その時、大きな熊が現れ、すぐに姿を消しました。
イワレヒコ達は急に気分が悪くなり、嘔吐して倒れてしまいました。
風土病にでもかかったのでしょうか。あるいは集団食中毒?

この時、熊野の高倉下(タカクラジ)がやってきます。タカクラジは一本の刀(原文:横刀)を持って、イワレヒコにその刀を献上します。
するとイワレヒコは目覚めました。

「私は… 長い間、寝ていたのか」
「イワレヒコ様、これをお受け取りください」

イワレヒコは刀を受け取ります。そして、熊野の山の荒ぶる神々を全て切り倒します。そこで、イワレヒコ軍団も目覚めました。

「この刀は一体!?」

タカクラジが答えます。

「私は夢を見ました。夢の中でアマテラスとタカギノカミが、建御雷神(タケミカヅチノカミ)に言いました。

『葦原の中国はひどく騒がしい。私たちの子らは平定できないようです。
葦原の中国は、あなたに任せた国です。
タケミカヅチ、行って助けてあげなさい』

タケミカヅチ。国譲りの時、引佐の浜にやってきたターミネーターでしたね。
タケミカヅチは答えます。

『それには及びますまい。
ここに、国を平定するのに十分な刀があります。
この刀を降ろせばいいでしょう。
タカクラジの家の屋根に穴を開け、そこに落とし入れます』

この刀の名は佐士布都神(サジフツノカミ)、別名、甕布都神(ミカフツノカミ)と言います。フツノカミは、石上(いそのかみ)神宮に祀られています。

『タカクラジ、聞こえるか。私だ、タケミカヅチだ。
目覚めたら、この刀をイワレヒコに渡してくれ。
よろしく頼む』

私が目覚めると、本当に刀があったので、参上した次第です」

「そうだったのか…
おかげで助かった。ありがとう!」

タカクラジはさらに、タカギノカミの言葉を伝えます。

「イワレヒコ、ここから先は荒ぶる神が多くいる。
これから八咫烏(やたがらす)を遣わす。
その八咫烏が、お前の道案内役となる。
イワレヒコ、ここからは八咫烏について行きなさい」

考察:
タカクラジ。どうやら病気になったイワレヒコ軍団を助けた人が、熊野にいたようですね。遠路はるばる九州からやってきて、大阪で戦って紀伊半島を迂回、熊野まで来れば、そりゃ病気にもなるでしょう。熊野の人たちはそれを助けた。

ところで熊野の人たちに助けられたなんて、神武東征という英雄譚にとって都合が悪い。このため、熊野に「熊」が現れて倒れてしまったと推測します。ストーリー上、イワレヒコ軍団を助けるのは、(人間ではなく)タカクラジという「ターミネーターの息がかかった神」でなければならない。

三重県。神代記で触れたように伊勢神宮があり、大和王権に仕えた巫女、サルメノキミの出身地でもありました。
三重県はイワレヒコが上陸した地。古くから天皇(大和王権)と絆があるようです。

それから八咫烏。地図もナビも無い時代、熊野から奈良の橿原を目指すためには、道案内は必須。八咫烏がいなければ、イワレヒコは山で遭難してしまいます。
どうやら熊野で、道案内役を引き受けた人がいたようです。それが八咫烏。アマテラスの象徴である「八咫の鏡」と、何故か同じ響きの八咫烏。

ところでこの部分、アマテラスとタカギノカミ、そしてタケミカヅチという3人の神様が再登場してますね。全て、大国主の国譲りに関わった神様です。
前述の通り、国譲りは古代大和王権に対して行われたことは、遺跡から分かってます。しかしながらこの時点では、まだ大和王権は存在していない。ここからタケミカヅチが引佐の浜で十拳の剣を抜き、波打ち際に逆さに突き立て、その上に胡坐(あぐら)をかいて、

「アマテラスとタカギノカミから授かった、詔(みことのり)を伝える。
『お前が支配している葦原の中国は、私の子が統治すべきと知らされた国である』
と、受け賜ってきた。お前の考えはどうだ?」

と、大国主に国譲りを迫った神話は後付け。その前にタケミカヅチは、タカクラジの家の屋根に穴を開け、そこに刀を落とし入れたことになりますね。
ここから、この部分も神話(物語)であることが分かります。従って、

(1) 九州からやって来た集団を熊野の人たちは介抱した
(2) 奈良盆地までの道案内を引き受けた人がいた

と、神話のベールを剥がすことができるわけ。古事記中巻(人代記)に入っても、出雲国は存在していた。国譲りは神武東征後に成立する大和王権に対して行われたのだから、史実の順序は逆。話のつじつまを合わせるため、アマテラスやタカギノカミ、タケミカヅチを再登場させた。国譲りは大和王権ではなく、アマテラスに対して行われたという設定なのだから、神武東征を正当化するため、アマテラスが協力する(=神代記の神様を再登場させる)ことはストーリー上必要だった。

稗田阿礼は緻密に計算して、日本神話を創作しているなあ。しかしながらアマテラスとタカギノカミは、タケミカヅチに対して、

「葦原の中国はひどく騒がしい。私たちの子らは平定できないようです」

と言ってます。オオクニヌシに国を譲ってもらったのに、「私たちの子らは平定できない」んだってさ。たしか国譲りの時に、

「芦原の中国は、大変騒がしい」

と言って、高天原から降りようとしなかった、ビビりの神様がいましたね。その時と状況は全く変わってない。
出雲国に神話のベールをかけたといっても、隠しきれない真実が見えます。ここから稗田阿礼が「ウソは書けない歴史家」だったという真実も垣間見れます。

イワレヒコ軍団は、八咫烏の後について行きます。
吉野川の上流に到着した時、筌(うえ:魚をとる道具)を作って、魚を獲っている人がいました。

「お前は誰だ?」
「私は、国つ神の贄持之子(ニエモチノコ)と申します」

ニエモチノコは阿陀の鵜飼(うかい)の祖となりました。
さらに進むと、尻尾が生えた人が井戸から出てきました。

「お前は誰だ?」
「私は、国つ神の井氷鹿(イヒカ)と申します」

イヒカは吉野の首など(吉野一帯)の祖となりました。
イワレヒコ軍団は山に入ります。そこで岩を押し分けて出て来た、これまた尻尾が生えた人に出会いました。

「お前は誰だ?」
「私は、国つ神の石押分之子(イワオオシワケノコ)と申します。」

イワオオシワケノコは、吉野の国巣(大和国吉野郡)の祖となりました。
イワレヒコ軍団はさらに進みます。

「お前は誰だ?」

と聞く、国つ神が出てきません。
どうやら道を間違えたようです。そこが宇陀(うだ:奈良県東部)と言うらしい。
奈良盆地に入るには、盆地を囲む山を越えなければならない。そこのどこかで、イワレヒコ軍団は道に迷った。そこが宇陀、「宇陀の穿」と書かれてます。

とにかくここまで、奈良県東部(吉野)の人たちが、イワレヒコ軍団に服従したことが書かれてます。ところが迷い込んだ宇陀の地で、イワレヒコ軍団に抵抗した集落がありました。
逆に言うと、道に迷わなかったら抵抗する集落に出会わずに済んだのにね、稗田阿礼さん。

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