ヤマタノオロチ退治

さて、いよいよ出雲の地に降り立ったスサノオ、そこは斐伊川の上流、「鳥髪山」の麓(ふもと)でした。鳥髪山とは、現在の船通山(せんつうざん)のこと。
その時、斐伊川の上流から箸が流れてきます。
箸が日本に入ってくるのは、遺跡から7世紀と考えられてますが、ここは神話。8世紀に創作された物語ということで、時代錯誤は無視しましょう。
スサノオは、

「箸が流れてきたということは、上流に誰かいるに違いない」

と思い、上流に行ってみます。
果たして、おじいさんとおばあさんが、若い娘を抱いて泣いてました。

「お前たちは誰だ?」

スサノオは聞きます。
おじいさんは答えました。

「私は足名椎(アシナツチ)、妻の名は手名椎(テナツチ)と申します。娘の名は、櫛名田比売(クシナダヒメ:櫛、その名は田んぼ)と申します」
「どうして泣いている?」
「私たちの娘は、元々8人おりました。 それが毎年、八岐大蛇(ヤマタノオロチ、原文:八俣遠呂智)がやってきて、食べられてしまいました。 今年また、その時がやって来てクシナダヒメが食べられるので、泣いている次第でございます」
「ヤマタノオロチ、どんな奴だ?」
「その目はホオヅキのように赤く、身体は一つで、八つの頭と八つの尾がございます。身体にはシダや檜(ひのき)/杉が生え、その長さは八つの谷、八つの尾根に渡るほど大きく、その腹は常に血で爛(ただ)れています」

神話界のゴジラ、スサノオの血が滾(たぎ)ってくるのは当然!

「よし、私がそのオロチを退治してやろう。但し、条件がある」
「何でございましょう?」
「その娘、クシナダヒメを私の嫁に貰う。それが条件だ」
「あなたさまは一体?」
「私はスサノオ、アマテラスの弟だ」
「畏れ多いことでございます。それでは娘を差し上げさせて頂きます」

クシナダヒメに選択の余地はありません。

さすがスサノオ!
オレたちにできない事を平然とやってのける。
そこにシビれる、憧れるゥ!

「心配するな、お前は私が守ってやる」

スサノオはクシナダヒメを櫛に変え、角髪(みづら)に刺しました。そして老夫婦に「八塩折(やしおおり)の酒」を用意させます。

コラム:八塩折の酒
八塩折(やしおおり)とは、塩を八回(=たくさん)噛んで酒にしたものです。
映画「君の名は。」で、主人公の女の子が巫女になって、米を噛んで酒にするシーンがあったでしょう。
あれをたくさん繰り返して造った、「とても強い酒」が八塩折の酒。
映画「シン・ゴジラ」のヤシオリ作戦は、ここからきています。

スサノオはまた、周囲に垣を廻らし、その垣に八つの門を作り、その門の先に八塩折の酒の入った酒樽を置かせます。
さすがアシナツチとテナツチ。年は取っても文字通り、スサノオの「手足」になって働きます。これで準備完了!
しばらく待っていると、やってきましたヤマタノオロチ。

何というデカさ!
スサノオの何十倍もある、文字通りの「怪物」です。
オロチはすぐに八つの門をくぐり、八塩折の酒を飲み始めます。
だんだんと酔いが廻って来たようです。オロチは寝てしまいました。

「今だ!」
スサノオは十拳の剣(とつかのつるぎ)を抜き、オロチに斬りかかります。

ズバッ!バシュッ!
次々とオロチの首を斬り落とします。
斐伊川はオロチの血で、真っ赤に染まっていきます。
日本神話、屈指の名シーン!
まさに「ゴジラ VS キングギドラ」です。

「これで止めだ!」
スサノオは、オロチの尻尾に斬りかかります。

ガキーン!
「なっ、なんだ!?
剣が折れた!」
(正確には、刃が毀(こぼ)れた)

不思議に思って見てみると、オロチの尻尾から見たことも無い剣が出てきました。
これが「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」。(原文:草那藝之大刀)

スサノオの象徴である、3つ目の神器。これで三種の神器が出そろいました。スサノオは、草薙の剣をアマテラスに献上します。
これはストーリー上のご都合主義。スサノオが献上しなければ、アマテラスが三種の神器を揃えることができませんからね。もっとも伏線がありました。スサノオは、

「私はスサノオ、アマテラスの弟だ」

と、アシナツチとテナツチに言ってましたね。神代記における一番の神様は、もちろんアマテラス。従って、スサノオは遜って(へりくだって)、草薙の剣をアマテラスに献上する必要があったんです。つまりスサノオは、高天原から追放されたからと言って、アマテラスを恨んでないことを謳ってるんです。
そりゃそうだ。いっちゃん偉い神様を恨む神様がいると、ストーリー上困ります。
ちなみにこの部分を、

「オロチが象徴する出雲国をスサノオが退治、アマテラスに献上した」

と、解釈する研究者も少なくないようです。
しかしながらこれでは、この後の神話が繋がらない。これは古事記、あるいは本書を読み進めていくうちに分ります。

こうしてスサノオは、出雲の地に「須賀の京(すがのみやこ)」を造り、おじいさんとおばあさん、そしてクシナダヒメを迎え入れます。
「須賀」とは清々しいという意味。単なる当て字です。
その時、出雲には雲が立ち昇ってました。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」

(たくさんの雲が出る その雲をたくさんの垣にしよう 妻を迎えた京 その京を取り囲む たくさんの垣にしよう)

日本で最初に和歌を詠んだのはスサノオです。
一見、清々しい歌に聞こえますが、果たしてどうでしょう?
雲が出ると書いて「出雲」。雲が出ると太陽を隠し、海は荒れ、山は枯れましたね。その雲が「八雲立つ」、たくさんの雲が出るんですよ。
そこに「黄泉比良坂」と、「黄泉の国からの出口」もあるんです。今でも島根県/鳥取県は「山陰」、山の陰と呼ばれてます。
私は今でも、出雲に何かしらの「畏れ」があると感じます。

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